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【物語】青の迷宮

 青の世界。完全に青しかないじゃないか。一体、ここはどこだろう。まるで絵画か映画の世界に迷い込んだみたいだ。人口もののブルーライトは好きじゃない。目が痛むから窓の方はあまり直視しないように気を付けた。全てが青だらけ。あいにく、自分の名前にさえ蒼(あお)って漢字が使われている。まぁ、読み方は「そう」なんだけどな。って、こんな話誰も興味をもたないか…。

 ぶつぶつとそんなことを一人呟いていた俺だが、ここに来るまでの記憶が一切ないことに気づいた。いつ、どのようにしてこんなヘンテコな場所に足を踏み入れてしまったのか、皆目見当もつかない。思考回路を正常に保ちながら歩みを進めるのは容易いことじゃない。とりあえず、何か生命維持物品を探さねば。食糧とか水とか...。キョロキョロと辺りを見渡しても、それらしき物は見つからなかった。仕方がない。他に何か手掛かりとなるものを探し出さなければ。

 歩みを進めること30分ほどして、何かが引っ掛かった。
「あ」
思わず口から出た声は案外大きかった。だが、それ以上に解決の糸口が見つかった気がして少し勇気が湧いてきた。というのも、この建物の構造は「普通じゃなかった」からだ。さっき上がってきた階段、このフロアに繋がっているのだが壁には「1F」と書かれていた。階段を試しに降りてみる。嫌な予感がする。歩幅が広がり、歩みを進めるスピードも自然と加速する。最後の一段を降りた。壁の数字を見る。そこには「1F」の表示が。どういうことだ?俺はさっきから階段を上り続けていたんだぞ。フロアが「1F」から変わらないなんて、おかしな話じゃないか。ありえない。一体、何がどうなって...。と、頭の中に有名な騙し絵が浮かんできた。そうだ、この状況はまさに、エッシャーの摩訶不思議な階段構造と変わりないじゃないか。上っているようで実は上っておらず、降りているようで実は降りていない。同じ所をただ繰り返しぐるぐると巡っている絵。思考の糸を手繰れば手繰るほど、ズキズキと鈍い痛みが頭の中に走る。時間間隔も空間認知力も麻痺していく。考えの切り替えが必要ということなのだろうか。

「ん…?」
突然、グニャリとした感覚が足に広がった。何かを踏んでしまったようだ。右足を上げると靴で汚れたトランプカードが視界に映った。どうしてこんなものが…?さっきからここを歩いてた時、見た覚えはないのに。それは何の変哲もないトランプではなかった。裏返してみると小さくメッセージが書いてあった。『司令室から見えるガラスの塔。そこに向かえ。合言葉は [BLUE LABYRINTH] 』
「指令室から見えるガラス塔。そこに…向かえ?」
は…?司令室なんてどこにもなかったぞ。こんな不気味なトランプカードもさっきまでは見かけなかった。何度も通った道なのに。思わず顔をしかめ、今いる場所をぐるりと見渡してみる。眼前に広がる眩しすぎるブルーライトが目障りで、踵を返そうとした。いや、待てよ、もしかしたら...。あるアイディアが閃き、すぐさまブルーライトで爛々と輝いている窓の方に駆け寄った。いつからここにいるのかは定かではないが、俺は最初から「ブルーライトはただの窓から差し込む光に過ぎない」と決めつけていた。だがそれがもし窓ではなかったら…?高まる鼓動を押さえ、意を決して窓に手を近づけた。すると、指先から全身に至るまで光に包まれ、窓ガラスをすり抜けた。

 「…ここは、一体?」
 俺が立っていたのは、そこここが機械で埋め尽くされている不思議な空間だった。急いで後ろを振り返ってみても、そこにはコンクリートの壁しかなかった。ブルーライトなど最初からなかったかのように。読みは当たっていたんだ。光で覆われていた窓は実は別空間に通じていた。天井からはミラーボールのような機器が釣り下がり、飛行機の操縦席にあるようなあまたの機器が張り巡らされている。ここがトランプに書いてある「指令室」ということなのか?たしかに、ここから窓ガラスを通してガラス塔が見える。人工芝が茂っていて、箱庭のような殺風景な空間のちょうど中央に例のガラス塔がそびえ立っていた。この指令室の両端には扉が備え付けられていることから、そこがガラス塔への入り口だということで間違いないだろう。俺は足早に扉に近づき、ドアノブに手をかけた。

 扉を開けて人工芝を通り過ぎ、巨大なガラス塔の門扉に辿り着いた。鉄製で重厚感あふれる扉を力任せに開けるとギギ...と少し不気味な金属音がした。中は螺旋階段が続いている。駆け足で辿り着いた先に待ち構えていたのは、大きな正方形の台とその上で回転している青い光の渦だった。手前には鉄格子が頑丈に備え付けられており、近づくことができなかった。
「これは何だ?どうして光が渦を巻いているんだ…」
 そう言葉を呟いたと同時に、ポケットに入れていたカードが青い光を纏い出した。それだけじゃない。中には藍色の小さな木の実も入っていた。カードの文字は「藍色の木の実を食べろ」という文言に変わっていた。何故こんなものが急に…。俺は早まる鼓動を何とか押さえて木の実を口に含んだ。すると、これまで皆無だった記憶の全てが走馬灯のように頭の中に映像として流れ始めた。俺は王国の後継ぎとして生まれたこと。まだ俺が幼い頃、両親が迫りくる敵国の魔物から俺を逃れさせるため、この青の空間に送り込んだこと。青い光の渦は祖国と青の迷宮の通行路の役割を担ってい入ること。俺の記憶は藍色の木の実に封じ込められ、来るべき時のために術で隠され続けていたこと。両親と家臣たちは、自分たちの命を代償に魔物を青水晶に閉じ込めたこと。その水晶の凍結期限はまもなく終わりを迎えること。不安と絶望の淵でうずくまっている国民たちの顔が浮かんでは消えていく…。そうか。俺は...。俺には、祖国の国民を守る使命があるんだ...。映像が頭の中からフェードアウトし、目の前にあった鉄格子は消えていた。かわりに青銅でできた兜と剣、盾、王家の紋章があしらわれた青色のマントがそこにあった。きつくこぶしを握り締めた。俺はそれらを身にまとい、台上の青い光の渦に足を踏み入れた。大切なものを守るために。もう二度と悲しみの涙を流さないために。待っていてくれ、祖国よ。全身を包む青い光はどこか心地よく、俺の背中を優しく押してくれたような気がした。

 こうして俺は祖国へと帰還し、敵国の魔物を打ち倒し勝利を手に入れた。

(完)

 

 

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