【物語】ハーモニー #1
ヴァイオレット色の惑星にある西の町・ローゼンメイト。この町にはこんな伝説がまことしやかに語られている。3丁目の町角に構えられたアンティークショップ・「アネモネ」の屋上にあるピアノ。色とりどりの花が咲き誇る絨毯上にあるそのピアノを弾くと、虹が出る と。ただし、自由に誰が弾いても虹が空に現れる訳ではない。ある2人の奏者が条件に合ったピアノの音を奏でられると虹が出るのだ。虹が出た暁には七色の光が放物線上に降り注ぎ、町から遠く離れた惑いの森の中央に位置する凍りついた湖を溶かしてくれる。湖は半年前、悪い魔女から呪いをかけられ氷原と化してしまった。そのとき、湖で遊んでいた子どもたち3人兄弟が氷に閉じ込められた。魔女は呪いをかけた後、北の山へ逃げてしまった。彼らの両親は悲嘆に打ちひしがれながらも、なんとかして息子・娘たちを救い出そうと多くの古文書を読み、医師やあらゆる専門家に助けを求めた。しかし、誰も子供たちを助けることはできなかった。そんなとき、奇跡のような文言が載った呪術書を持った老人がいた。老人の名はピッコロ。ピッコロはアンティークショップ:「アネモネ」を営む店主で、ローゼンメイトの住民たちから好かれる温厚で賢い人だった。彼は子供たちの悲劇を聞き、即座に書斎を埋め尽くす数多の本に時間をかけて目を通していった。そして、ついに解決法が載った頁を見つけ出した。
「遠く離れた東の町・クルヴィアより訪ねる旅人2人によって奏でられる花畑のピアノの音色。それが虹を起こさせ七色の光が降り注ぐ。その光は全ての邪悪な魔法を解く」
文言を見たピッコロは、すぐにこの『花畑のピアノ』が自身の営む店の屋上にあるピアノのことだと察した。このピアノは先立たった妻が大切にしていたもので、色とりどりの花の上に佇む静謐さが自慢だった。そこに存在するだけで心を浄化してくれる不思議なピアノ。だが、ピアノを弾くのは妻だけで彼には音楽をたしなむ術がなかった。
この伝説を耳にした町民たちは、その2人の演奏家たちを探そうと躍起になった。ある者ははるばるクルヴィアまで足を運び、町長に直々に演奏家を見つける手立てを交渉した。またある者は気球に乗り、事件のあらましと2人の演奏家を捜索中の旨を記したビラを手あたり次第クルヴィア中にまき散らしていった。だが残念なことに、彼らの努力もむなしく、演奏家たちがローゼンメイトを訪れることはなかった。半年後の6の月までは。
★★★★半年後★★★★
「ふぁーあ。今日一日も長かったなぁ」
「本当に。やっぱりずーっと楽譜とにらめっこしながらの演奏会はキツいね」
双子のラファータとレシータがあくびをしながら、つぶやき合う。二人を乗せた馬車は一定のリズムで進んでいく。
「それは、レシータが暗譜をしてないからでしょ。あれ程忠告したのに。今回の演奏曲は長いから、早いうちに手を付けろって」
「はいはい。私が悪うございましたよ。練習不足で痛い目みた。だけど、最後の連弾曲は弾いていて楽しかったな。流石ラファ―タだよね。いつものように短調と長調が上手い具合に折り重なる曲をまた見つけてくれるなんて」
「ふふ。キューレ先生に頼んで最新の楽譜集を買ってもらった甲斐があったよ」
「え?!キューレ先生が用意してくれたの?あの曲を?」
頬を上気させながら興奮気味にレシータが訊く。
「そうだよ。『君たちの技術と表現力を最大限に発揮できる楽譜集だよ。大切に扱うように』って言ってた。早く全曲弾けるようになりたいね」
「確かに。レパートリー増やせるのってすごく嬉しい。オーディエンスの人たちに満足してもらえるようなピアノを奏でていきたい」
背もたれに身体を預けてリラックスしつつ、今後の抱負を語り合う。このひと時が二人にとって何にも代えがたいものだった。
姉のラファータと妹のレシータはピアニスト。幼少時代からピアノ講師である母の手ほどきを受けて、演奏の腕前を磨いてきた。父は幼い頃に他界し、4年前、15歳のときに母も病死した。多くの紆余曲折を経ながらも彼女たちのピアノへの情熱は冷めることはなかった。練習に練習を重ね、今では各国を渡り歩く有名ピアニストとして生活を営んでいる。
「ねぇ、ラファ―タ、この後はどこに演奏をしに行く?ヴェタニアも良いし、ピナトゥスも捨てがたい…。やっぱり音楽文化が活発な都市を訪れたいな」
地図を広げながら、レシータは喜々として声を弾ませた。と、そのときガタッと大きな音を立てて馬車が傾いた。鞄に入っていた楽譜が足下に散乱する。
「何事?!」
ラファ―タが身を乗り出して御者に大声で尋ねた。
「す、、、すみません、お嬢様。車輪に何か不具合があったようです。ちょっと見てまいります。お待ちくだされ」
御者はすぐに車輪を確認した。すると、車輪がパンクしていることが明らかになった。車輪を確認し終え、二人に駆け寄る御者の青ざめた顔を見て、戦慄が走る。
「申し訳もありません、ラファ―タ様、レシータ様。これ以上馬車を走らせることは難しそうです。車輪がパンクしております」
「なんですって?!」
「今夜は野宿になるってこと…?!そんなぁ…」
車窓から身を乗り出して外を見ると既に日は暮れて、空には三日月が浮かんでいた。2人は顔を見合わせ、不安な気持ちを隠すことができなかった。助けを呼ぼうにも、方法はない。そうなるとやはり野宿しか残された選択肢はないのか...。そんなとき、レシータは少し離れたところに家の明かりが灯っているのを見つけた。
「ねぇ、あれって何かしら?」
彼女が指をさした方角に視線を移すと確かに小さな光の粒がチラチラうごめいているのが見て取れた。
「もしかしたら、町か村がこの先にあるかもしれない。よし、行くわよ」
レシータとラファ―タは、手をきつく握りながら光の方へ歩みを進めていった。
辿り着いた町はローゼンメイト。双子はアーケードの側で番をしている兵士に声をかけた。
「あの、すみません。ここはなんていう町ですか?」
「ローゼンメイトという町です。はて、こんな時間に旅人が来るとは珍しい。お嬢さん方、どうかされましたか。そんなに息を切らして」
「旅をしている途中なのだけど、数十メートル先で馬車の車輪がパンクしてしまったの。申し訳ないけれど、宿に泊めていただけますか」
「おお、それはご苦労なさいましたな。夜も更けましたし、野宿は危険です。宿へ案内いたしましょう。ついてきてください」
★★★★★★★★
カウベルの音が心地よく空気を揺らす。今夜も酒場は多くの町民がひっきりなしに押しかけては噂話でもちきりになる。その「噂話」とはもちろん氷に閉じ込められてしまった子どもたちのこと。そして鎖を解き放つ救世主である謎の旅人2人組のこと。
「いやぁ、しかしあの悲劇からもう半年が経つのか...」
「早いもんだなぁ。フレアとジルの様子はどうだい?」
「相変らず酷いもんだよ。ろくに食事もとれず、やせ細っていくばかりだ。子どもたちがあんなことになっちまったんだから、精神的にもかなりキツいだろうな。かわいそうに」
「いつになったら2人の旅人とやらは見つかるんだろうねぇ。そもそも、ピッコロの見つけた解決法ってのも何だか疑わしい。そもそも、氷の呪いとあのピアノの音色は一体どう関連しているのだろう…」
カウンター席に腰掛けたロビンとザックの内緒話を聞きつけた周囲の住民たちも、思い思いに各自の見解を披露した。「きっと救世主は現れる」と固く信じ切っている者もいれば、「もう諦めた方が良い」と悲観的になっている者まで様々な立場の人がいた。
「まぁまぁ、皆さん、そんなに根詰めて話し合っても良いことはありませんよ。確かに惑いの森の件はこの町の重大事件だ。でも、私たちの生活は続いていく。どんなに辛いことが起こっても明日はやって来るからね。そんな訳で、今晩は私の特製カクテルでも飲みませ…」
マスターがそう言い終わるか否か、勢いよく扉が開けられた。暴風の如く突進してきた踊り子のミアが息を切らす。
「ハァ...。ハァ...…。み、みんな、大変だ。だ、大ニュースだよ!大ニュース!」
「どうしたんだ、ミア。そんなにヘトヘトになっちまって。とりあえず、カクテルでも飲むか?」
キッとマスターを一睨みし、呼吸を整えたミアは一気にまくし立てる。
「何言ってんだい!マスター!大ニュースって言ってんだろ!呑気にカクテルなんぞ飲んでいられるか!しかも、あたしはまだ16だよ、じゅうろく!酒なんぞ飲んだらお縄になるっつーの!!」
漫才のような2人のやり取りを見てゲラゲラと笑る輩たち。その空気を一括するかの如く鋭い声でミアはこう続ける。
「笑っていられるのも今のうちだよ、あんたたち!これはとっても大事なことなんだ。もしかしたら惑いの森の悲劇が終わるかもしれないんだ!」
鬼気迫る声色で告げたミアの言葉を聞くなり、固唾を飲んだ町民たち。あれ程大きな喧噪でいっぱいだった酒場が一瞬にして静まりかえった。
「…ど、どういうこった。まさか...」
ザックは声を震わせながらミアの続きの言葉を促そうとする。
「そうだよ!現れたかもしれないんだ。東の町・クルヴィアからの訪問者が!」
言い終わるや否や再び騒めきで酒場が満たされる。先ほどまでは悲嘆に暮れていた者たちの瞳が活き活きと輝きだした。そして、その場の誰もがこのような考えを胸に抱いた。ついに氷に閉じ込められた3人の子どもたちが解放されるかもしれない、と。
「その2人組はどこにいるんだい?本当にあの事件が幕を閉じるのだろうか…」
織物屋を営んでいるマギが、興奮で呂律の回らない舌で独り言つ。
「サーシャおばさんの宿に泊まっているって。あたし、風の噂で聞いたんだ。今からその人達に会いに行ってくる」
「待て!俺も行く」
ミアとザックは早まる鼓動を押さえながら闇夜に飛び出して行った。
★★★★★★★★
サーシャの宿に泊まることになったラファータとレシータは、思い思いに時間を過ごしていた。読書に没頭したり、日記を書いたり。だが、ラファ―タはある重大なことに気づいた。読みかけの本をバタンと閉じて焦りを隠せない様子だ。
「ねぇ、レシータ!この町ってピアノ弾ける場所あるのかな?いくら演奏会が延期になるとはいえ、練習を怠ったら流石に本番に支障が出ると思うんだけど。大丈夫かしら…」
「あ、そう言われればそうね。でもきっと、何とかなるんじゃない?机をタップするなり、譜読みを継続的に練習すればきっと大丈夫」
心配性のラファータとは対照的に、楽観主義のレシータは早くも寝る支度をしている。
「もうー、多少は危機感をもってよね!でも、私も今日はすごく疲れたよ…。そろそろ眠ろうか…な...…」
ドサリとベッドに身を横たえたと同時に、ドアのノック音が聞こえた。
「え…?何~?眠いのに……」
ブツブツ愚痴を吐きながらスリッパを履いて扉を開けた。ドアの前には宿の女主人・サーシャが立っていた。
「今、ちょっといいかしら?あなた達に会いたがっている人がいるの」
訝し気な表情で頷く2人。サーシャが部屋に通した人物はそばかすが付いている少女だった。
ー4519字ー
第2話へ続く