崖〔一人芝居〕

      AMさまへ
      ご卒業おめでとうございます

◇舞台中央に「なみ」
◇倒れ臥している
◇どこかから落ちた感満載
◇チノパン
◇長袖Tシャツ

いったあい…全身バラっバラみたいな…
ここどこ
あたし誰
あ。なみだ
水田なみ
りなとまりえと眉山きて、それから?
それから…

◇考えるがわからない

痛っ
足っ
ああっ
腫れてる
わっ
丸太みたい
こっちの倍ある、痛いーっ
痛いよママ…は去年出てったんでした撤回
パパ…は呼んだくらいでは現れない
そんなことわかってる
いつも動じない
会社乗っ取られた時だって、帰ってきて一言
来週から住む家小さくなるよって言っただけ
鈍感?
もしかしてロボ
ロボかも
英語82点だったときも
「ほう」
って一言だった
82点だよ?
82点
普段65点がやっとのあたしがだよ
確かにヤマが当たっただけだけどさ、ほめるでしょふつう!
あ携帯!

◇取り出す
◇割れてる
◇押してみる
◇もちろんダメ

割れるかー
この大事なとこでー

◇暗転

◇溶白

◇暗転前と同じ位置
◇嘆いて暗転した割には、けろりとした様子で目の前にいろいろ並べている

ガム三粒。
のど飴二個。
いつから入ってたかわからないキスチョコが六粒。
これで全部ってか…
いつまでここにいなきゃいけないかわかんないんだから、チョコは大事にしないと
にしてものど乾いた…

◇カバンをがさがさやるが何も出てこない
◇取り出す
◇少し硬質な感じのポーチ(化粧ポーチ)だ

化粧ポーチ!

◇言いながら投げ捨てる
◇少し上手に転がる化粧ポーチ

見る人もないのに化粧品なんて!
おかしいよ。
あたし水持ってきた…電車乗った時は持ってた
駅出たとこで落ち合って、あ、りなが、のど乾いたけどジュース買えないってあたしも小銭

◇ジャラジャラっとこぼれ落ちる小銭

持ってたけど、貸すの面倒で水のほうあげちゃった
こんなことになるってわかってたら、小銭貸してボトルは持ってたのに…小銭は飲めないよ!

◇突っ伏す
◇そのまましばらく動かない
◇静寂
◇物音
◇ポツ。
◇ポツ。
◇ポツポツポツポツポツポツ…
◇誰が聞いても雨だとわかる音

雨だ!←なくても可

◇顔を上げ口を開けるが足りない
◇動こうとすると足が痛い
◇それでもにじって水滴を追うが、ふと気づく
◇ポーチ!
◇そこまで這って行き、拾う
◇中身をざざっと捨て水受けにするが、

うわあ…ファンデ(ーション)混ざっ…洗っ…雨やむ!

◇一生懸命ポーチで受けてる間に、雨音は静まっていく

ファンデ水…

◇迷うが、飲む

げえええっ。

◇口では言うが、吐かない
◇暗転

◇ピンスポット(もしくはサス)

◇すっくと立っているなみ~ここでは足は引きずらない~

どうしてこんなことになったんだろう
あたしはどうして崖下にいるんだろう
りなとまりえ
二人はあたしを探してくれてるのだろうか
そもそもあたしたち、ちゃんと友だちだったっけ。

在京キー局の、女子アナ内定してるりな。
大企業受付嬢、内定してるまりえ。
対するあたしは十二社分の不採用通知受け取ってて、あと二社分がペンディング。
学生課はもう紹介する先がないと言わんばかりの態度だ…
全く先の見えない私が、気の毒みたいになったんだろう、二人はきのういきなりあたしを誘った
眉山神社行かない?
あたしたち願掛けかなったから、お礼参りに行くの
なみも一緒に行こ?
二社のどっちかからオッケーくるかもしんないじゃん…

藁にもすがる気持ちだったんだと思う。
あたしオーケーしちゃった
朝八時眉見駅ね
遠いなーと思いながらオーケーして、軽装でいいよって言うからTシャツチノパンにしたら、二人はドレスアップしてた。
りなはカシュクールふうのワンピース。
まりえはふつうにブラウススカートなんだけど、どこのブランドだろ、上品で優雅で、なんかあたしとは世界違う感じ。
ううん。
あたしだって三年前はお嬢様だった
ロボが会社のっとられるまでは…
だからロボが悪い!
ロボ捨てたママが悪い!
あたしは何も悪くない!

◇暗転

◇溶明

◇横たわってるなみ
◇すごく弱っている

〈オフボイス〉

あれから二度雨降った
ポーチは洗われ
水は苦くなくなった
チョコはあと三つ
飴とガムはもうない
濡れた服は冷たく体を冷やす
熱っぽい
足はもう感覚がない

〈オフ終了〉

◇ゆっくり身を起こす

そう…きのう
スカーフが降ってきた
まりえのスカーフ
馬蹄とか乗馬鞭とか描かれてる、ものすごく高そうなやつ
参道へ続く山道で、ほどけて崖そばまで舞った。
まりえも、りなも、スカートだったし、あたしは身軽だからいいかと思って崖っぷちまで身を乗り出し…
そのまま落ちた
あたしの横に看板があった

足元ちゅうい
よい子はここであそばない

気がつくとその看板は遙か上だった

スカーフはここにある
持ち主もその友達もいまどこにいるのか
警察に伝えてくれたかもわからない
こういう時ってヘリコプターとか飛ぶよね
飛んでないよね

◇耳を澄ます
◇何の音も聞こえない

飛んでないよね…

ロボは
ロボは探さないの?
愛娘帰ってこないのに!
気にならないの?


気になるわけがない。
あいつはいま
恋をしてる
ロボの恋?
チャンチャラおかしい
でもしてる
たまたま雨の休日出勤
傘持たずに出たから、駅まで迎えに行ってやろうと私家出た傘二本待って
一本は差して一本は抱えて
駅で待ってたらロボが気付いて、
「おう。なみも気が利くようになったな」
くらい言ってもらえるかと思ったんだ
電車来て、人波がどっとなって
中にロボいてお父さん、と

◇手を上げかけて止め、ゆっくり下ろす

スーツ姿の若い人

一緒に降りて来た
あいさつして
去る長い髪背中
目でずっと追っていた
それから濡れながらうちの方へ歩いてった
あたしの目の前を抜けて…行った…

◇ザアアアアアア
◇降っていない雨の音

それからだ
何だか何にも身が入らなくなった
ロボがどうだってかまわないはずなのに
あたしは何かふぬけた
ふぬけてるあいだに十社分の不採用通知きて

それでも受けた十一社目
あたしは露骨にミスった

◇照明チェンジ
◇面接シーン

御社を志望した動機はち、

◇唇を噛む

父が、御社と同じ業種におりましたので…
はい、はい、そうです、東京律動の水田宏淳(ひろあつ)、いえ、現社長の岡崎洋一郎さんは面識は…

◇俯く

ロボの名前は就職の役に立たなかった
立たなかったどころか足を引っ張った
東京律動は岡崎さんのもの
ロボの功績は過去のもの
パパがうちこんだ技術は、岡崎さんたちの合理化に葬られた

でも待って…

あのとき何かがあった
何だっけ
誰かがあたしを呼び止めた
パパより五つくらい若い男の人
面接室に…いた……

はい
はい
そうです水田の
はい
わたしだけです
兄弟はいません

◇間

本当ですか?
父の音が
父の技術が
あなたの…憧れ…
わたしが音響やるのは
父譲りの耳が…

がんばれって…
あの…

そのままあの人行ってしまった…

◇だまって立つ
◇立ち続ける
◇ずっと立っている
◇暗転
◇溶暗
◇うずくまっている
◇ゆっくり顔が上がる
◇何も言わない
◇思いつめる
◇壁面~前?横?後ろ?~を見、あらためて瞳に決意を宿す
◇辺りを見まわす
◇50cmくらいの細くはない枝が目に入る~初めからある? 途中からある?~
◇にじって手をのばしてとる
◇まりえのスカーフをとり出して、思い切ったように二つに裂く
◇ひとつをふくらはぎの上あたりに、もう片割れを腫れた足首あたりにさっきの枝ごと結ぶ(添え木)
◇ゆっくり立つ
◇視線を上げる
◇ホールドする場所を、いくつか視認して、頷く
◇きき手を上げる

登ることに決めた
誰もたすけてくれなくても
あたしに誰もいなくても
あたしは登るしかないのだ
だってまだ二通通知がくる
あの人が面接してくれた会社と
あの人がすすめてくれた会社が
メールか文書か知らないけど、採用か不採用かの通知をくれるからだ
どんな答えにせよそいつらは私を待ってる
だからあたしは登っていく
ママのためでもパパのためでも
りなのためでもまりえのためでもない
他ならぬあたし自身のために登っていく
登ってみせる

◇語っている間に溶暗

◇完全に暗くなってから、ピンスポに浮かぶ
なみ
◇松葉杖を横に置いて(十三社目の面接らしい)
◇とても快活に答えている

はい
御社で十三社目です
どうしても音響のお仕事がしたくて
はい
はい

ケガですか?
これは崖から落ちました
まさに九死に一生でした
そのとき私は本当に行きづまってて…

快活な声がFOしていく感じで


               END


それでも地球は回っている