私本義経 金売吉次
稚児崩れと破戒僧の旅だから、路銀もない。
案内(あない)もない。
そのような我らが腹を減らさずに旅るとすれば、いらぬ鞘当てをしては相手に因縁つけるとか…
そのような無頼の所業をせねばならぬか?
女人や老人を殺めた人が言いまするかそれ。
痛いとこつくなあ、私の従者は。
でも新しい罪は犯したくないなあ。
因縁つけるではなくつけられてる人や、山賊から、旅人を救うってのはどうだろうか?
例えば…あの御仁とか。
牛若様が目で示す先、商いの者らしいいでたちの男が、大刀振りかぶった男たちに追われていて、私と主は同時に走り出し、商いの男の左右に並んだ。
頼ませたまえ!
え??
今なら格安で守って進ぜる!
えええっ?
お決めなされ!
主と私の左右からの煽りに、男は思わず同意した。
お頼み申す!
瞬時に。
主は宙を舞い、私は長刀を振るった。
賊はみるみる戦意喪失。
潰走した。
主と私が守った男は吉次(きちじ)と名乗った。
遠く平泉まで、金を買い付けにゆくのだという。
行き先もほとんど同じ。
懐具合も良いようだ。
よい道連れが出来た。
と主が囁き、
いかにも。
と、私も応じた。
にしてもあの、主の身の軽さはどうだ。
因幡の白兎のように、鰐の頭を次々飛びそうな勢いで、盗賊どもを蹴散らしていた。
たずさの技を学んだだけではない。
ご自分流に使いこなしておられるのだ。
私は主がますます好きになった。
吉次はというと、ぱっと見こすからい目をした小商人(こあきんど)ふうだが、にっこり笑うと目が優しい。
根はよい者と見受けられた。
奥州は質のよい金が採れるらしい。
吉次はそうした金を京で商うことを生業としているとのことだった。
奥州はすごおまっせ。
道にも館にも金が敷き詰められとりまんのや。
(これはさすがに大げさだった。確かに絢爛豪華ではあったけれど、敷き詰められてはなかった笑)
我々が藤原姓の家を訪ねる旅だというと、吉次はものすごく怪訝な顔をした。
奥州で藤原ゆうたらとんでもおまへんで?
でもあんさんら、間違うても裕福とは縁遠そうなお見栄えですけどなあ。
親御さんのお連れあいのいとこはんのお子、ですかー。
そら期待できまへんなあ。
からからと笑われたが、
辿り着いた屋敷前で、吉次の口はあんぐりと開かれたままとなった。