私本義経 木曾領。前館
鎌倉へ戻るという我らを、範頼兄上は引き止めてくだされた。
せっかく来たのじゃ。
木曽の領を見てゆけ。
見れるのか!!
心がはやる。
範頼兄上は己の軍から駿馬を三頭引き出し、私たちに宛てがった。
唐針、矢筒、紅。
私の太夫黒に負けるとも劣らない名馬だ。
私に顔を寄せてきた唐針に跨がると、弁慶は矢筒に、吉内は紅に跨がり、兄を後ろに乗せた。
兄上の御馬は葦毛。
名は弓弦。
矢筒の兄弟なのでな、弓弦じゃ。
先に立った。
供五人程しか連れず、私たちを案内する。
高台へ高台へと上ってゆくと、木曽源氏の館が、一望できる丘に出た。
うはっ。見張るかす見事なお館で。
吉次が最初に思ったままを言う。
あれで前館じゃ。
奥館、本殿はさらに山中にある。
鎌倉殿ほどの派手さはないが、なかなかのものだぞ。
前館とはいえ…ちょっと無防備にすぎまいか。
ここから火矢をかけられたら、ひとたまりもない気がしますが?
吉内は着眼がよい。
私も同じことを思ったが、弁慶の見立ては一段上だった。
よほどの射手なれば可能ですが、見た目ほど近くもない。
かえって発見され、討たれてしまうでしょう。
なるほどここで小競り合いしておれば、奥館、本殿から増援が来ればそれまでだ。
せめてあと一丈二丈低きなれば、狙いどころにも当たりましょうが…
二丈か。
でもそれでは、館から気づかれ易くなると思わぬか義経。
範頼兄上の問いがよもや自分に向いているとも思わず、私はただただ策を考えていた。
唐針の背(せな)より見下ろすと、目下(ました)はまさに断崖絶壁。
逆さまに落ちて行ってしまいそうな旧坂だ。
鹿もまろび落つという。
その故に、物見はかなり上方までも見張っておるという話じゃ。
まあ確かに、鹿が降ってきおったら、その晩は宴ですな。
下々まで振る舞える。
さすが吉次は腹で考える。
と。
あれは。
見張るかす下方なのに、誰だか一目でわかった。
行家だった。
おまえの直兄を、見殺したやつか。
はい。
浮かれた様子で歩んでゆく。
先ほどの若武者たちが前後左右守っている。
義仲四天王、だったか。
男武者たちは見るからに勇猛そうで、女武者は勇猛かつ、可憐に見えた。
巴御前というたか?
幼なじみにして懐刀。
それ、それらの、
と男たちを指さし、
妹にして義仲のをんなである。
みな乳兄弟だそうじゃ。
生々しい感覚が一瞬よぎった。
巴はたずさに似ていた。
それでも地球は回っている