レインズ・デイズ・アフター⑤食堂
週末、マムンのリムジンが、寮の地下駐に滑り込む。
最上階のマムンルームで終日仕事…てのが表向きの名目だけど、マムンは最上階行かない。
その足音が続く間、ティアーたちは息を詰める。
自分の部屋の前で止まって…ほしい? ほしくない?
俺はほしくなかったし、一度も止まったことはない。
そして昨今足音は、毎週同じところで止まる。
扉が開く音。
閉じる音。
チェスかもしれない。
DVDとか観てるのかも。
とか思ってみるさ。
でもね…
なかなかそうはいかない。
かすかなうめきが漏れることもあるしね…
土曜の朝。
俺はいつまでも食堂にいる。
裕太が来るまでいる。
裕太は朝、シリアルを食べる。
俺はコーヒー飲んで付き合う。
裕太が何か言うまでは何も言わずにコーヒーを飲んでる。
すぐ話す日もあるし、ぜんぜん話し出さない日もある。
そんな日はコーヒーが七杯八杯って重なるけど、俺は黙って飲み続ける。
寄り添う、なんておこがましい。
でも、誰もいなかったら、裕太はきっと壊れてしまう…
今朝はまさしくそんな日だった。
珍しく、シリアルボウルをとらずに来て、
「コーヒーわけてー」
悠斗ブレンドと呼ばれてる、苦めのを俺のカップからじかに飲んだ。
「にがっ。よくこんなの飲めるな」
「俺はこれがないと全然だめ」
「わっかんねえー」
語尾をのばして裕太がテーブルに突っ伏す。
淡い色の髪をくしゃってやってやりたくなるけどやめとく。
みんながみてるしね。
でも遠慮も会釈もないやつらがきた。
森井林~エルダーの中では一番若く一番勝ち気な~が、ことさらに裕太をあおってきた。
鹿田くうん。
お疲れねえ。
昨日のマムンは激しかったのかなー?
その言い方はないだろう?
なんか俺がカチンと来た。
思わず飛びかかっていった。
森井は見た目の女っぽさとかくるくる巻き毛とはおよそ真逆な喧嘩スキルを持っていて、合気みたいなのでくるんと飛ばされ、俺は手近なテーブルにしたたかに顔をぶつけてしまった。
「悠斗!」
裕太が駆け付ける。
きっと森井を見据えて言う。
明日撮りあんだけどさ、責任取れるんだよね?
森井はたじろいだ。
あとずざった。
う…嘘だね!
言い張って逃げる。
つるんで現れたやつらも観客決め込んでたやつらも散り散りに逃げ散った。
食堂にはレインしかいなくなっていた。
「嘘だよ」
誰もいないからこそみせる悪い顔が、俺はほんとに好きだった。