KUNIBIKI③〔応募作ですので、noteさん、妙な但し書きは絶対置かないでください〕もう②に置かれてしまった。台無しだわ
KUNIBIKI③
八木沢さんもデスクも知らないコトがある。
多分ママしか知らない…ママさえ記憶操作されてるかな。
だとしたら、真実は、多分アタシしか知らない。
そう、アタシは、アタシこそは、タッチライターの構築者、『サエグサミドリ』なのだ。
二歳半から四歳半まで、アタシは究極の天才児だった。
突出した脳髄は、小さな肉体を遥かに凌駕し、命をとるか知性をとるかという、究極の選択を迫られた。
親は迷わず肉体をとり、知性は分離されてブラックボックスとなった。
ここに今の、平凡なアタシと、究極の情報処理システム『タッチライター』が誕生したのだ。
親の選択は間違っておらず、アタシは平凡ながらも楽しい日々を生きてきた。
ただ、もともとがアタシから分離したものだ。
入ろうと思えば誰よりも簡単に、システムに侵入出来る。
キーワードは『サエグサミドリ』。
たった七文字プラス網膜認証で、アタシは、タッチライター最深部と、瞬時に融合出来るのだ。
そんなわけで情報拡散の準備など、小一時間で整ってしまった。
後は情報爆弾に点火するだけ…
この時に及んでアタシははたと気づいた。
記者の基本はWチェックと裏取りだ。
八木沢さんの話は一理はある。
でも…
だからといって情報を、生のままドカンと広げることが、ジャーナリズムの本筋だろうか。
私は田中角栄の二の舞となるのではないか?
タッチライターコアに開いた窓から、覗いているのは情報爆弾の点火ボタン。
このータッチで、社会そのものがひっくり返る。
国際連盟作っても、国際連合作っても、達成されなかった完全平等がここに成る。
けどその後は?
全ての人、百二十億人類全員で角力を行うのか。
土俵は?
行司は?
ものいいは誰がつける?
アタシは窓を閉じた。
そして作業デスクを離れ、八木沢さんを捜したが、果たして彼は意外な人物と一緒にいた。
「デスク…」
その瞬間に全てのカラクリが、アタシの中でパチッと嵌まった。
何故アタシがスモ担に選ばれたのか。
何故メサを迎えに行かされたのか。
デスクも八木沢さんも、私の正体を知っていて、いつかどこかで利用しようと思っていたのだ。
記者魂の持ち主として、尊敬していたお二人が、揃って社会転覆を企図する連中の仲間だったなんて…
気づくと目が濡れている。
人生最大の裏切り?
と同時に、これでアタシを救ってくれられる人物が、この世に全くいなくなったことを意味している。
キューブを切られた段階で、執務官にこの場所を特定するすべはなくなってるし、タッチライターの機能を使ってこの場所を通知しようにも、もはや窓を開くこと自体が社会改変に繋がりかねない側面を持つのだ。
さあ困った…
ロをきかないアタシを見て、二人はこちらの意図を察したようだ。
「『サエグサミドリ』はどうやら、協力する意図はないようだぞ」
「そうなると、無理矢理押さえ込んで網膜認証突破するか、シンプルに、眼球そのものをいただくか」
デスクはめちゃめちゃクールに言い放つ。
アタシの知らないデスク。
アタシの知らない八木沢さん。
逃げようっ!
後方に、一気に駆け出すと、お二人のお仲間らしい中年男が即、アタシを羽交い締めにした。
「押さえといてくれ。目玉とるから」
ああもうだめだ…
と思った時。
壁ぶち壊して人型ローダーが入ってきた。
BKだ。
丸太山が操縦してた。
まるた…やめなかったんだ…
変なコトに感心してる間に、アタシの意識は遠のいていった…
正気づくと、そこは病院だった。
「レイコ、レイコ、レイコレイコレイコ!」
生きててくれてよかった! かと思ったら、
「輝雄来てる、士幌山親方来てるのよ! アタシ髪変じゃないっ?」
お母さん…それ絶対違うでしょう…
ややあって病室に、士幌山親方と丸太山と、知らないスーツの男が入って来た。
「まるた…助けに来てくれたんだよね」
丸太山は少しテレて、ポリポリ頭をかいている。
「でもどうして、アタシの居場所…」
「メサが…メサが言い当てたんです。『ティエリ危ない。まるた行く。マシバの神、導く!』。でもってBKで道路走って、交通違反キップ切られました」
「それTOタイで持つよ、あっ」
デスクがグルだった。
TOKIOタイムス、社ごとなくなるかも…
「全社グルだったわけではないんで、社は大丈夫と思いますよ」
スーツの男がロを挟む。
執務官?
「内閣特項調査室の菊岡といいます。ここからの話は、親方と、あなたと、私とで…」
とロごもる。
母は少しオタッて、
「ま、丸太山ちゃんにコーヒーおごっちゃおう。おいで。親方~、黙って帰らないで下さいね~」
少し媚びて去る。
(娘の前でシナをつくるな一っ!)
母と丸太山が去ると、菊岡とやらと親方は、ベッドの脇に、病室備え付けの丸椅子置いて座った。
「Kの件は、」
と、菊岡とやらが切り出す。
「おそらくあなたが全て知ってしまった内容の通りだと思います」
「おそらくとは?」
「私も多分、全ては知らされていないからです。私の部署の者が一部、角界の上の方の人が一部、そしてあの方々が」
と上向きに指差し、
「かなり大きな一部。首相が知ってることすら小指の先くらいのものです。そういう風に分割しておくことで、世界はかろうじて、誰のものにもならないで済む」
「知ってしまったアタシはどうなります?」
「どうしましょうかねえ。殺処分がいちばん後腐れがないんですが、あなた今回の危機を回避してくださった立て役者でもありますからねえ…」
こ、怖いことサラッと言うわぁこの人…
「今回は不問に付しましょう。他ならぬイニシアル『S』でもあるあなただ。その代わり、一言でもこの内容が外部に洩れたらその時は…」
おとなしい印象の、菊岡の顔つきに暗いものが宿る。
本物だ。
背中に冷たい汗が流れる。
「ご理解いただけたらそれでよろしいです。では私はこれにて」
礼儀正しい一礼をして、菊岡は病室を出て行った。
アタシははぁっと息をつく。
もう一つの吐息。
アタシはちらっと親方を見た。
「すごい秘密抱えてたんですね」
「あなたも抱えることになったわけだ。にしても菊岡君はボケている。レイコ・キシロ。イニシアルSじゃないじゃないか」
アタシはあいまいに笑っておくしかなかった。
「そうだ」
親方が病室の、備えつけのテレビをつけた。
(昔ながらのテレビカード方式のテレビだ。こんなのまだあんのねっ)
画面には、相撲の取組が写っている。
瑪沙と濡錦だ。
「直接対決まで持ち込みました。勝てばファルルフは滅亡をまぬかれます」
「かれは王子なんですか? 神官なんですか?」
「両方です。両の系統がかれでクロスし、国の運命をかれに託している。まさしく真のKUNIBIKIが今、ここで、この地で行われるんです」
立ち合いの呼呼をはかりあう両者。
勝っても負けても全ては角力の神のみわざ。
だからこそ、応援が力になるのだ。
「瑪沙!」
テレビに向かって声をかけると、
「瑪沙!」
親方もテレビに声をかける。
母も丸太山も来て画面に見入る。
いま、立ち合う二人。
瑪沙の左耳裏の印と、濡錦の右耳裏の印。
ともに等しく光り合っている。
(どうせこれも画像上は残らないんだろうな…)
メサ!
強く祈りながら見守る。
技がいま、決まった…
完