私本義経 暴風雨

太田頼基


西国に向けて都落ちする義経、行家ら一行が、吾の領地である摂津(現・大阪府茨木市あたり)を抜けてゆくのだという。
鎌倉殿に反逆するとは、武士の風上にも置けぬ。
矢衾仕掛けるか、槍で刺すか。

築城、はいかがでしょうか。

築城??
城一つ建てるのは至難の業よ。

とりあえず『城郭』あれば見下ろしで射るなり放つなり出来るのでは?

面白い。
やってみい!

てなことで城郭ができたのだという。
物見に立った吉内が、

これまでになかった城郭があります。

と報告、主は対処を考えた。
行家殿は大威張り。

あのようなものは突破してくれる。

と出て行ったが、針鼠の如くなって戻って来た。
矢が降り注ぎ、投石もあるという。
痛い痛い。
刺さる。
当たる。
それでも騎馬は六十ほど。
こちらは多いし、精鋭揃いである。
払え。
切り開け。
吉内が、忠信が、三郎が。
騎馬でわわんと攻め行くと、六十騎も平兵も、わらわらと逃げ散った。

勇猛、見届けたり!

主は褒めて通過してゆく。

城郭壊して行きませんと?

主の耳に囁くが、

太田殿の心意気じゃ。
捨て置け。

戻り来ることを考えておらぬのかこのかたは。
いや。
戻るとしても別のすべ、別の策を思うのだろう。
わが主はそういう御仁である。


河尻の戦い


大物浦(だいもつのうら。現・兵庫県尼崎市)から船出の予定だったが、その手前、神崎川の河尻(河口)で、多田行綱らが待ち構えていた。
真正面から矢が来る。
それも次々。
これには郎党も京武者も、肝を潰してしまいそうだ。
隊列が乱れ、阿鼻叫喚の声が湧く。
女こどもは射ない決めごとも、主が漕ぎ手射た日から、なし崩しに有りになってしまっている。
ゆえに御正室も御側室も危ういのだ。
矢や剣を避け、跳ね返しつつ、とにかく進む、進んでゆく。
港。
船。
あるにはある。
ああ、あそこに死んでいるのは紀伊権守兼資。
船を手配させに出したのだが。

急ぎ船に!

主の叫びで一同船上の人となる。
三百の勢はいずこに?
一行は二十騎ほどになっていて、しかも海上は折からの風雨。
波高く、風強く、漕ぎ手が櫂を扱いかねている。

漕ぎ出せたからこちらの勝ちだ。

たれにともなく行家殿が言う。
空疎な言葉。
浜では女官、荷物持ち、兵もたくさん捕らえられている。
あああれは、平時実殿。
あちらは一条能成殿。
緒方惟栄殿も…

こ、れは…

主が言葉に詰まる。
緒方殿なしで、どの面下げて豊後に行けるというのか。
嵐は強く強くなってゆく。
豪胆が売り物の三郎が吐き始めた。
酔ったのだ。

それでも地球は回っている