エミリスは歌声が美しい。
けれど心は残忍。
昨日も湯浴み中にいきなり、エティに熱湯を浴びせた。
侍女頭のエティはこの館のすべての侍女たちの中で一番美しい、もとい、一番美しかった。
だからエミリスの勘気を買ったのだ。
わたしはエミリスの代わりに謝ったけれど、侍女頭は身を固くして後ずさった。
(なぜ?)
も、もったいのうございます。
プレンティス家のお嬢様といえば、第一王子様のいいなづけ。
ゆくゆく王妃になられるであろう方が、侍女頭風情に頭を下げてはなりません。
お顔をお上げください。
なにを言うの。
それはエミリスよ。
わたしはいいなづけじゃないわ。
いいえ、いいなづけだったわ。
いつの間にか、エミリスにとって代わられた・・・
エミリスはいつもそうだ。
何もかも、誰もかれも奪っていってしまう。
私のことを覚えてる人は、そのうち一人もいなくなるのだ。
そんなことはございませんよ。
かつてわが乳母だったマイアが、わたしに優しく笑みかけてくれた。
わたしたちが成長したいまは、当家の料理番となっている。
乳母の仕事を終えて後も、父、母は、マイアを手放さなかったのだ。
第一王子様がおいでですよ。
先ほど馬番のケニーがお見かけしたと申しておりました。
あずまやのほうに向かわれたようでした。
お会いになってきてはいかがですか?
言い終わりに優しい顔をしてくれる。
メイアは昔から、わたしの味方だった・・・
ありがとう!
私は大きな、豪奢なスカートの裾をちょっと上げ、ちょっと本気で走り出した。
胸弾ませてあずまやに急ぐ。
気がせいて、下草に、己のドレスの裾に、ともすれば蹴躓いてしまいそうだ。
それでも急ぐ。
第一王子様。
私の王子様。
エミリスが気づく前に、ひと目だけでも!
角を曲がればあずまやだ。
木の間越し、ああ、装束がほの見える。
金の髪に、とてもお似合い。
ああでも。
エミリスが。
いきなりわたしにきづ・・・いた・・・
あづまやにつく前に、わたしの心はひきずりもどされ、わたしのからだは完全に、エミリスに取って代わられたのだった。
王子様。
甘い声で囁くのはわたしのくちびる。
でも声も、華やかな笑みも、ああ、それはもうエミリスのもの。
本体であるわたしはもう、自分のからだを取り戻せない。
当たり前でしょ。
プレンティス家も父、母も、もちろん王子も私のものよ。
王子は私を好きなのだから!!
勝ち気なエミリスがわたしの全権を握り、わたしは眠りにつく、己の体の奥で。
王子はエミリスに笑いかけ、エミリスの歌声に酔いしれる。
わたしのことを。
かれはもう。
思い出すことはない。
きっと。