私本義経 汚名

戻らぬ神器


長い髪や見事な衣のせいで、女性(にょしょう)や公達は、次々引き上げられた。
建礼門院も宗盛も、その息子までも引き上げることができたが、三種の神器は二つまでしか入手できなかった。
剣が沈んだままなのだ。

おまえが決着を早まらなければ!

範頼兄上の声にひどく怒気がある。
終わりにちょこっと来ただけのくせに。

だったら頑張ってお探しあれ。

私も同様の声で返した。


範頼兄上を置き去って、捕虜達の方へゆく。
人別していた弁慶が、私に気づいて一礼したが、私に気づいたのは弁慶だけではなかった。
平時忠。
私が引き継ぐ前の検非違使。
権大納言まで上り詰めたが今は敗軍の捕虜。
神鏡持ち出した張本人だ。

吾は神鏡守り抜いたにこの扱いは何だ!

ほう。
私は冷たい眇(すがめ)でご老体を見やる。

神鏡守り抜いたのではなく、持ち出した張本人と聞いたが?

とんでもない!
間違いなく守ったのだ。
この功績は減刑はおろか褒賞されてもよいほどじゃ。
範頼に会わせよ!

ほう。
範頼にか。
この義経では役不足とな。
覚えておこう。

言い捨ててその場を去りかけるのを、時忠、待てと声かけた。

常盤の子であろう。
耳を貸せ。
悪い話ではないぞ。


風聞


異な話を聞いた。
順に順に手続し、処刑、流刑、手続進めおるに、平時忠一人、京で悠々しておると。
現検非違使殿がそうしたという専らの噂。
その現検非違使殿はといえば、先に婚姻したばかりというに、新たな妻迎えた、その娘の父こそが、平時忠その人であるというのだ。
これはいったいどういうことだ。
女貰って手加減か。
義経殿はそういう御仁か。
勇猛の話は偽りか。

偽りだとも。
逆さ落としも嵐の出航も、屋島八艘跳びも那須与一も。
口八丁の小者がいただけさ。

現場にいた者は知っておる。
勇猛。
果敢。
命知らず。
かの将のために命差し出す郎党。
その郎党のために愛馬すら弔いの対価としてしまう将。
それが主殿なのに。
知らぬ者は信じず知る者は妬む。
妬む者は風聞を流す。
悪しき風聞を。
それが時忠庇護だったのだ。


なぜ真実を語られぬのです。

郷御前はお冠だ。
無理もない。
婚姻終えたか否かという日数で夫は出征してしまい、戻ったら戻ったで、室を得ていた。
しかもその室が絶世の美女ならまだしも、正室十九にもならぬというのに妾が倍ほども年を取っている。
老女専か醜女専か。
無礼な囃し唄まで作られてしまって、いとけない者たちにもうたわれているのだ。
奥方が腹に据えかねるのは当然のことだった。
それでも秘したい主の心内など、私には丸見えだった。

嫁御の蕨姫は、あくまでも煙幕だったのだ。
主が時忠から受け取りたかったのは、蕨姫の従者として、六条堀川の主の館に入った、齢二十四の女人なのだった。
名は廓御方(ろうのおんかた)。
主の母君のお子である。
そしてその父君は、あろうことか平清盛。
母君が仇・平清盛を籠絡したがために生(な)された、悲しいさだめの女性(にょしょう)だったのである。


妹(いも)


一条に嫁ぐ際、母は廓(ろう)を六波羅に置いていかされた。
私たちに与したりさせぬため。
つまり廓は人質の意味もあったのだ。

わかる。
わかりすぎるほどわかる。
連れて行きたいと言ったなら、それを理由に二心ありと言われるのだろう。
だから母は置いてゆき、私は存在さえ知らなかった。
兄君たちには言えなかった。
特に頼朝兄上には。

父の囲い者だった者が、清盛との間に成した子だと!?

真っ赤になって怒るに違いないのだ。
そして今や、ほかの兄上がたも信を置けぬ。
みな小型の頼朝兄上になってしまわれた。
だから…

いいなと思ったら応援しよう!

NN/わがまま旦那と再同居開始(>_<。)ウットーシー
それでも地球は回っている