私本義経 木曾行①

行家


怒りに満ちて山野を行く。
我が令旨を携えて回らねば、おぬしらは決起もせんじゃったろうによ!
だいたいおぬしらは何者だ。
兄者は嫡男を外されたのだから、義朝嫡男だからと我を見下すいわれもない。
我こそは源行家。
為義の十男。
おぬしらの父の兄弟なのだから、我のほうが、目上なのだ!!

そんな暴論ぶっとられましてな。
どこの源氏でも総スカンですわ。
けど義仲さんとこが、面倒見る、言わはりましてん。

吉次の報告に、一番眉をひそめたのは、全成兄者だった。

義仲ってあれか?
源義賢の忘れ形見か。

です。
幼名駒王丸はん。
大蔵合戦の際、齢十五の悪源太はんに撃破されよった、義賢はんのお子ですがな。
義平はんは、絶対殺せ言うてはったんですけど、忠臣が飛騨に隠したんですわ。
行家はんの令旨の話聞いて、こちらも決起や。
鎌倉はんとほとんど同じ頃やなかったろか。

なるほど吉次は何でもよく知っている。

商人でっせ?
風上風下知ってこそですがな。
まあそんなわけで駒王丸はんも平氏打倒の名乗りを上げなはったんや。

お従兄殿。
されどお従兄殿は、どういうお立場で令旨に従ったのか。
平家憎しというには、その以前に父君は同族打ちになっている。
仇はわれらが長兄・義平兄上ではないか。
仇討ちより、以仁王様のご境遇にご同情申し上げたのか?
私怨より、大義か?
なれば我らより、義仲殿のが志がはるかに上ということになる…

そうとも言えまへんで?
鎌倉殿が得るであろうご名誉を横取りする。
これもまた、ある種の仕返しなんやないですか?

なるほど。
吉次は頭が柔いな。
そんな仕返しもあるのだな。

ですからー。
これは商人のこすからい考えでして…

そんなやりとりを、目を閉じ、黙って聞いていた頼朝兄上が、静かに目を見開いた。

会ってくるか?

は?

たれに?
ああ。
もちろん決まってる!

たれが行く?

わ!私が!!

思わず吃ってしまった。
従兄。
私より五つ上。
父と兄が争った仲…


木曽路


旅路には、弁慶と吉内が従った。
佐藤兄弟は留守番である。
案内(あない)に吉次が随行を許された。
全成兄上も行きたがったが、頼朝兄上のお許しが出なかった。
兄上はめちゃめちゃ悔しがっていた。

気をつけて行くのだぞ。

見送る全成兄上のお手は、いつまでもいつまでも振られていた。


叔父上が、怒りに満ちて歩んだ道を、いま、私が郎党と行く。
弁慶、吉次、吉内。
最初の郎党だ。
そして三人が三人とも、どこで死んでも惜しまれぬ。

義経はんはそないなことないでっしゃろ。

いや…

それ以上言うつもりはなかった。
弁慶も黙っている。
代わりに吉内が、兄に言う。

最初に全成様がお目通りした。
それがすべてだったようです。

さよか。

さすがは吉次。
それ以上は何も問うてこなかった。


こうして歩いとると、出会った頃を思い出しますなあ。

おお。
出会ったとき兄者は野盗と戦っておったとか。

思わず弁慶とともに噴いた。

戦ってはおらなんだな。
むしろ逃げ回って…

シ!

私は制してあたりを見渡す。

野盗だ。

いつぞやの再来。
逃げているのがおっさんか青年かという違いだけだ。
公家っぽい。

お救いなはれ。

え?

吉次救ってええことありましたっしょ?
あれも救って得取りなはれ!

なんだか走り出していた。
弁慶も。
吉次の言うことには一理ある。
身に染みついていた。

それでも地球は回っている