私本義経 ほのみえるもの

静という女


奥方様に主の心尽くしを届けた三郎が、ちょっとしょげて帰ってきた。

どうした。

と問うと、

お、奥方様に…

『静様はたれに似ておるのじゃ』と聞かれたのだという。
たれって言われましてもねえ…
少なくとも、俺はあんなに綺麗な女人、この世で見たことねえ。

言ってから、ちょっと頬赤らめた。
確かに美しい。
美しいが。


能力(ちから)


主上は、

たずさに似ている。

と言っている。
まあ、巴御前のことも、かのかたに似ていると言っていた。
女人すべからくにたずさを浮かべておるのやもしれぬ。
そも、主はたずさに何を見たのか?

野性味と、
豊かな肉と、
心根を読ませぬ我の強さ。

静殿とは似ても似つかぬ…

そう見ゆるか。

振り向くと、静殿がいた。
だが様子が少し違う。
瞳がすわっておる。
私を値踏みするように見、嘲笑を含んだ声で言った。

ただ付き従っておるようだが、それであの者を守れるのか?

口ぶり。
仕草。
いやまさか。

まさか…

妾がたれかなど考える必要はない。
その分、あやつを守ってやれ。
妾の選んだ男じゃ。

言いおいて、高笑いして去って行く。
たずさ。
あれはたずさだ。
だが生まれも育ちも違うはず。
なぜだ。


憑依


あれは静だが、たずさでもあるのだろう。
もともと白拍子は、巫女の俗化したものとも聞いている。
霊媒的素養が静殿は強かったのだろう。
実際に雨を降らせたりもしている。
幼き頃は人殺しを指差したり、あらぬ方眺め話しかけたりしていたようで、母であり、白拍子としての師匠でもある磯禅師をひどく驚かせたという。
我々の見えぬものを見、我々の聞こえぬものを聞く者。
果たしてそれは人と呼べるのだろうか。


想い人


蕨様とお茶をしての帰途、私邸に戻ってみると、珍しく殿が在宅されておった。
夕餉の支度にかからせようと、家人の指図をしていると、不意に殿は、こう言った。

範頼兄上の、嫁になりたかったのか。

一瞬、指図の手が止まった。
静、か?
いや。
悟られてはならぬ。
断じてならぬ。

想っておりましたとも。
従姉が嫁いで、お見かけする機会が増え、それはそれはお勇ましかったですもの。
小娘は内心憧れておりました。

後はただ笑むのみ。
殿は黙って私を見ていたが、やがて、ふんと鼻嵐吹いて座敷へ戻っていった。
衣の下を冷たい汗が流れていた。

それでも地球は回っている