私本義経 木曾行③
義仲四天王
中におわすは宮とご兄弟か。
我らは源義仲の臣。
お迎えに参った。
どうかご尊顔を拝させ賜え。
最後の声が少し高めだ。
驚いた。
女人です。
女人が武将の格好してまっせ。
隙間から覗いている吉次が、小声ながらすっ頓狂な声を上げる。
巴じゃ。
義仲の愛人にして立派な武人なるぞ。
女人が!!
私もちょっと目を白黒する。
とそこへ、聞き知った声がもう一つ加わった。
木曽次郎殿のご家臣らとお見受けする。
手前は武田信義が臣下、藤原範頼。
このあたりは甲斐源氏の領と思っておったが手前どもの勘違いか?
まさに一触即発である。
宮が私に問う。
あれは知り人で源氏か?
知り人で源氏です。
請け合うと、宮は頷き、いきなり堂の扉を開けた。
出迎えご苦労様。
家中はお待ちかねか?
我らは大いに慌てたが、ここは合わせて動くしかない。
藤原殿!
藤原殿!
はぐれ申した!
申し訳ない!
範頼殿には顔見せ、木曽勢には見られぬように畏まる。
弁慶たちも私に合わせてくれ、そうなると範頼兄上もなかなかの役者ぶりを示してきた。
そ!そなたらは右翼の遊撃隊ではないか!!
点呼にも来ずになぜこのようなところに!!
さては!
脱走か!!
それは違うぞ藤原殿とやら!
この者らは、私を無頼どもから救ってくれたのだ。
脱走にみえるとすれば私のせいじゃ!
宮様の必死の庇い立てに、ここは範頼殿、大いに攻めるところで、
してあなた様はどなた様で。
見ればいささか雅な…
こうなると義仲忠臣たちも誤魔化さざるをえない。
こ!
このかたは、義仲が右筆、大夫房覚明のお身内である!
私どもがお迎えに参ったのです!!
嘘とでまかせの一大合戦。
我らは鎌倉間者であると知られたくない。
先方は、宮の正体を甲斐や鎌倉に知られたくない。
そして。
互いに知られれば、腕の立つ者どうしの無惨な、凄惨な斬り合いに発展するは必定…
互いに必死のやりとりの末、我らは範頼殿に、宮は義仲殿の家臣に、からくも無事に引き取られたのだった。
弟らは来ぬ。
すまぬ。
シ!
そのお話は後ほど。
今にも砕け散りそうな猿芝居を続けつつ、二つの(本当は三つの)勢力は、互いにお堂を離れたのだった。
甲斐源氏
無茶が過ぎようぞ義経。
十分離れたところで、範頼殿に叱られた。
ほんまヒヤヒヤもんでしたわ!
兄・吉次が言えば、弟・吉内も、
弁軽殿が長刀を身に引きつけるのを見た時は、ああ儂等もこれまでかと。
吉内までが私を責めるのか。
弁慶。
斬ってしまえ。
ひええええっ!
やっと笑い話になってきたが、範頼兄上は簡単には許してくれなかった。
あれは、北陸宮だったのだろう?
さあなんと答えよう。
考えを巡らしていると、兄上のほうから言ってきた。
答えずともよい!想像がつく!
宮が何と言うたかもな。
何と?
私の代わりに吉次が問う。
『最初に挙手してくれた者に報いたい』とかであろう。おおかた。
宮様らしいやんごとないお考えじゃろうから。
図星じゃろう。
吉次と吉内がことさらに目を逸らしても、範頼殿を欺けるわけもなく。
これで宮様は義仲のところの錦の御旗となる。
甲斐と鎌倉は、よりいっそう協力してゆかねば。
実際地勢図は、範頼兄上の案ずる方向へと進んでいったのだった。
それでも地球は回っている