真理呼 倉・終章②〔R18有料作〕


         二 

 目を醒ますと、そこは殺風景な一室だった。
 ビジネスホテルのワンルームみたいに狭いが、ビジネスホテルみたい小綺麗ではない。
 そんな室内に、俺の横たえられてるベッドがぽつんとあって、その足許には、プラスチックの衣装ケースと、悪趣味な服の山。
 すべて女物だ。
 頭がズキズキ痛い。
 触れると後頭部に何か貼ってある。
 冷却シート…?
「頭打ったんだ。倒れた時に」
 鈴の声。
 だがそこにいたのは間違いなく、紛れもない女だった。
 女の鈴。
 これはどういうことなのか。
 まさか…
「そのまさかだよ。あのひとに捕まった。完全に変えられた。モノも取られて。穴がついてるんだぜ。見るか?」
 スカートをたくしあげる鈴の露悪が悲しかった。
「よせ」
「胸もほら、林檎みたいだ。シリコンだからナマ乳ほど柔らかくないけど。このカラダ維持するのに、週一でホルモン注射しなきゃなんない。保険きかないし、結構金かかんだぜ」
「鈴…」
「何でこんなことになっちゃったんだろうなあ。俺、普通に生まれたんだ。優しいママも父さんもいた。爺ちゃんや婆ちゃんには、あんまし可愛がって貰えなかったけど、ママが優しかったからそれで十分だった。ママが死んで、父さんが変わって、変なやつらに拾われて、気がするついたら犬だ。でもって犬だったことを恨まれて、無理やり女に作り変えられた。何でだよ。俺が何したっていうんだよ…」
 鈴は嗚咽していた。
 こんなにも感情を見せる鈴を、俺は初めて見た。
 無理もない。
 俺の知ってる鈴は、一切の感情を見せない生き物だったし、そうでなければあの環境を生き抜けなかった筈だ。
 今は少なくとも、誰かに飼われているわけではない。
 感情を爆発させても、誰に咎められるわけではない…
 俺はしばらくかれを、そのまま泣かせておいた
 泣いた方が耐えやすい事柄だってあると思ったから。
 そして十分泣き終えたと思える頃、そっと問いかけた。
「俺のことは…」
「知ってる。猟奇小説の書き手、鈴木亮。デビュー作は『玩具』」
「…」
「小説の中の鷺沢邸は、宗田さんとこだよね。玩具は…俺?」
「ああ。勝手に書いて悪かった」
「ううん…」
と鈴はかぶりを振る。
 肩までの髪が美しく揺れる。
 もともと美しい鈴は、女になってもやはり美しかった。
 さしもの未亡人の憎しみも、美貌を損なうところまではいかなかったものとみえる。
「上手に書けてた。自分のことじゃなかったら、きっとファンになってたと思う」
「…」
 俺には返す言葉もなかった。
 月刊えろすの新人賞を獲ってから、俺の生活はー八〇度変わった。
 ひとの髪や肌を手入れしてなんぼの生活とは完全に無縁となり、時々は、テレビの深夜番組や、BS、CS、インターネットのトークショ一等に招かれることなどもあって、少しは顔も売れてきている。
 デビュ一作が衝撃的だったので、二作目、三作目を急かされないのも助かっている。
 もともとが書き手ではないからそんなに次々とは書き飛ばせない。
 だからちょっとしたエッセーやら、猟奇的な事件の新聞コメントやらを書くことで、お茶を濁してきたのだが、夏までにはさすがにー本、新作が必要とのことで、実は追い詰められつつあったのだ。
 そんな矢先の鈴との再会は、まさに渡りに舟だった。
 また何か、面白いネタが拾えそうだ。
 俺のエセ作家根性がそう告げていた。

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それでも地球は回っている