私本義経 木曾行②

宮様


助けた青年は確かに公家だった。
見たところ十五、六。
お名を問うたらほくろ、と言いかけて、ろくのみやと言い直した。
(六の宮?)
素性は問わないでくれと。
でも追っていたのは平家の家人だ。
亡き以仁王の第一王子のお名が「北陸宮(ほくろくのみや)」。
名乗ったも同然だった。

さる場所で、弟らと落ち合うという。
まだまだ追っ手は来るだろう。
独りで行かせられるほど、私たちは不人情にはなれず、しばらく行旅をともにすることにした。
平家は絶え間なく現れた。
二度やり過ごし、一度斬り結んだ。
七人斬り倒した。
吉内と吉次が亡骸の向きを変える。

向かっとる方向を推定させんほうがええでしょ。

弁慶が頷くが、私ははっとする。
ほんとに吉次は聡い。
己の郎党がこんなに有用だなんて、ほんとに頭が下がる。
同道している北陸宮も同感したようで、ついに宮様は私に問うた。

あなたがたはどこの者だ。
野伏セリか?

話そうとする私を背(せな)に置き、答えたのは弁慶だった。

まあそのような者です。
あなた様こそ高貴なご身分とお見受けいたします。
不躾ながら、あなた様はもしや…

水を向けても今度は拒まなかった。


弟御ら


道性(どうしょう)、真性(しんしょう)。
二人の弟を迎えにきたのじゃ。
せっかく義仲が迎えようと言うてくれおるに、仁和寺や比叡山でおとなしうしよる弟らが、私にはわからぬゆえ。
おぬしらならわかるか?

とんとわかりませぬな。

弁慶はにべもなかったが、宮様は懲りずに吉次にも聞いた。

そこな商人風のはどう思う。

あたしですか。
あたしにもとんとわかりかねますが。

『が』といった?
『が』と?
吉次の口がゆっくり開いた。

思へらく、下の宮様らは、ただただお命が惜しいのではと。

惜しい?
なぜだ。
父を死に追いやり、力貸した頼政さえ自害させた平氏を、なぜ弟らは恨まぬ。

恨んでおられると思いますよ?
それでも平氏は力が強い。
恨んでも恨んでも、戦うほどには勇は出んのです。
弟はんらはお小さいのでしょう?
無理ないですわ。

諭すように語る吉次が、とても大きく見えた。
聞いている宮様が、小さく見えるほどだった。


包囲


待ち合わせの場は、小さなお堂だった。
三日待ったが弟御たちは現れない。
四日目の朝がきて、宮はついに諦めがついたようだった。

越前に戻られますか。

いや。
やはり木曽へゆく。
父の令旨を奉じてくれる者がおるのだから、私くらいは行かねばな。

なぜに木曽でございましょうか。
鎌倉も、武田も、ほかでも令旨を奉じております。
なぜに…

あえて言い募ってみたが、宮は柔らかく笑むばかりだった。

最初に来いと言うてくれたからな。
最初の挙手を裏切れば、たれも私を奉じてはくれなくなると思わぬか?

道理である。
されど木曽には叔父上も居る。
戦況が悪しくなれば甥も見殺す卑怯者じゃ。
そんな所にこの善良一途なる若宮をお連れして良いものか?

一瞬逡巡していた間に、堂は何者かに包囲された。
兵たちと、将が…四人ほど?
瞬時見やった弁慶の表情は、鬼のようにこわばっていた。
かなりの難敵であるようだ。

打って出ますか?
多勢に無勢ですが。

幸いみな足が早い。
ここは駆け出るか。

すまぬ。
私は走ること慣れて居らぬ。

だろうなあ…

いろんな策が過ぎっては消えてゆく。

斬り結ぶか。

それしかなさそうでんなあ。

郎党と頷き交わしたまさにその時。
表の連中が名乗って来たのである。

それでも地球は回っている