私本義経 橋の争い
たずさ様を見殺したのか。
それともおまえがその手で殺めたのか。
問う鬼若の声は低く、私の腹にずんと響いた。
そなたに告ぐることではない。
そうとも。
私や法眼殿は情人だが、この者は違う。
否。
俺には聞かしてもらうべき理由がある。
なぜなら俺は、
よせ。
言うな。
なぜだかひどく厭な予感がしたが、遮るのが遅すぎた。
そして鬼若が言い募ったのはこれだったのだ。
俺は、たずさと言い交わしていたからだ!
くらくらした。
もうなにをかいわんやだった。
確かに美しくあり、太りじしで男好きのする肉体の持ち主だったが、父と呼ぶ男とも下男ともするのなら、私の立ち位置は何だったのだ!
だが鬼若の長刀は、私のくらくらにおかまいもなく襲ってくる。
右へよけ左へよけ、屈み、反り、舞い飛んでよけるうち、鬼若の目つきが変わっていった。
その身のこなし、なぜたずさと同じ技だ。
あの女性から、学んだからだ。
このまま仕込み行けばいずれはあたしを凌ぐとさえ言われたが、私はそれを、その女人をこの手で……
なぜだろう。
殺されかけているというのに、夫にさえ偽ったのに、私はこやつには、なぜか一切偽りたくなかったのだ。
殺めた。
最後の言の葉を放ったとたん、私は再び涙に濡れたが、この涙は、老人の前で流したものとはいささか違っていた。
熱くて、痛くて、苦しくて。
ああ。
間違いない。
私はたずさを好いていた。
本当に好いていたのだ。
泣き崩れた私の前に、鬼若もしゃがみ込んだ。
戦意を完全に喪失している。
売女が。
されど、
私はしゃくりあげながら言う。
魅せられてしまったことには変わりない。
著しく同意じゃ。
あれはてて様とも寝ておった。
それも知るか?
知ってなお……魅せられておった……
愚かな間男二人、この世とあの世を繋ぐ橋の真ん中で、ただただへたり込んでいる。
一人は泣き濡れ、一人はもはや自虐の笑いに満ちていた。
あれを。
私が指さすかた、火の手が上がっていた。
法眼殿のお宅ではないか?
さもあらん。
ご老体は病み果てて、たずさが最後の支えじゃった。
若者に乗り換えられ、その上死なれた今となっては、生きるよすがもなかろう。
私は…
二人殺したのか。
その通り。
まだ元服も前というに。
悪態をついてから、ちょっと笑い、それから鬼若は居ずまいを正した。
通り名は鬼若。
されど真の名は、武蔵坊弁慶。
我を負かした者についていく誓いを立てておった。
たずさを奪われ、技でも敗れ申した。
本日只今以てこの弁慶、貴殿の郎党となり申す。
ご不快なればここで私を斬ってくだされ。
見事なこしらえの長刀を逆向きに差し出す。
その、あまりの、打って変わった礼儀正しさに、私もつられて一笑した。
まだ目の涙も乾かぬというに。
その間も法眼殿の邸宅は燃え続け、後には骨も残らなかった。
それでも地球は回っている