セーサラストゥリーヌ

ルティが吐いた。
学校給食を食べてすぐだった。
直感的に感じた。
毒だ。

セーサラストゥリーヌは、代々の王族が学んだ学校だ。
忠臣セッズ・セーサラスが整えた学校で、幼稚舎から大学院まで揃っている。
かつては王族の子女だけが通っていたが、これでは民衆と乖離してしまう、と王族院が案じ、王族と貴族のみ、の期間を経て、今は王族、貴族、市民が混然と通っている。
マリュスはいつも言っている。

良い学校だよ。
おっとりしてる。
私のお気にはレイショム先生だ。
誰のことも贔屓しない。

そんな先生がいらっしゃるのなら、と、私はルティを入学させたのだけど、その年の暮れ、レイショム先生は異動になられた。
去る日、レイショム先生は、私にだけそっと言った。

ご用心ください。
怪しい動きがございます。


そして二年。
クラスに乱暴な男の子が二人、目立ってきた。
女子の髪を引っ張ったり、足を引っ掛けたり。
市民の子にはしない。
貴族の子と、


ルティにだけ。


そしてほかの少女が2、される間に、ルティには7…


遠慮がないのだろうと思っていた。
でもひどい。
しつこい。
思い余ったのだろう。
ルティの友達が、ルティをかばって叫んだようだ。

ルティはおひめさまなんだよ。
おひめさまにそんなことしちゃいけないよ!!


これがねじ曲げられた。


わたしはおひめさまなんだよ。
わたしにそんなことしちゃいけないよ!!


そう言ったことになっていた。
マスコミの論調がおかしい。
かばってくれた子の母君は、ちゃんと話すと言ってくれたが、巻き込んだら大変と思い固辞した。

みなさんなかよく!

レイショム先生の後を引き継いだ若い先生は、ただただそれを繰り返すが、みんなはちゃんと仲良くしている。
その子たちだけが跳ね上がっているのだ。
その矢先の、給食事件だったのだ。

どうしたらいいだろう。
仲良しのママ友が、声をあげましょうと言ってくれる。
でもきっとまたねじ曲げられるだろう。
どうする。


とりあえず、食事の安全だけは図らねば。

お弁当を持たせることにした。


朝早く起きて、自分で作る。
サンドイッチだもの、そんなに手間はかからない。
具を決めて薄いパンで挟む。
コールドチキン、BLT、ポテトサラダ、みじん切りエッグ…


給食をあがらないおひめさま

おひめさまは特別??


マスコミがここぞと叩いてきて、
ルティは私に言った。
わたしも給食でいいよと。
そしたらマスコミにこう出た。


わたし給食で我慢する。


誰がそんな!!

夫君マリュスが声明を出そうかと言ったけど、無駄なのはわかっていた。


東宮、セーサラストゥリーヌに苦言か!?


もうタイトルが出ていた。

こうなったら/
何を言われても/
私が守るしかない/

私は登校から下校まで、ルティに付き添うことにした。


エリュクスの王への挨拶も、王妃ミ・メエツへの挨拶もかなぐり捨てた。
お目通りの際の非礼だけはないように。
それ以外は、ひたすらルティを守った。
例の男の子が来ると、私のスカートの陰に隠れそうになるルティを前に押し出し、私から挨拶する。

おはよう。
シュザー・ハイン。

頑張ってにっこりする。
シュザーは口の中でもがもが言いつつ、私たちをやり過ごしていった。

ベイロン・ケイにいきなりルティが髪をつかまれた時も、

絡まったの?
今取ってあげるから。

震える手で、男の子の小さな手を外したのだ。
小さな手。
そうなのだ。
道具に使われているこの子たちだって、ふつうのこどもたちなのだ。
喜んでやってるわけはない!


その日から、私はシュザーやベイロンにも、極力声をかけるようにした。
おはようシュザー。
おはようベイロン。
今日も暑いわねえ。

先生方にも挨拶する。
おはようございます。
お世話になります。
いつもすみません。

先生たちはこそこそ去るが、それも極力気にせずに。

半年ぐらい経ったときだろうか。
たしか、秋の終わりの下校時だった。
ゴミを出しにきたベテラン調理員の女性の背中に、

いつもありがとうございます。

と言ったとき、ベテランさんが振り向いて言ったのだ。

ありがとうも何も、あんたの娘は食べてないじゃん。

確かに言われる通りだ。
でも。

うちは置き食だからねえ。
給食室で用心しててもランチルームでどうなるかわかんない。

(まさしくその通りだ)

調理員さんはちょっと考え込んで、それからこう言った。

あたしら見張ったら、姫さんまた給食食べてくれる?
あんたの分も作るからさ。
あんたが毒見してくれたらなおいい。

私は一瞬黙ったが、ここは絶対提案に乗るところだと思った。

お願いします!

と頭を下げた。


マスコミのタイトルは

私が毒見するわ!!

だったが、私は給食室の誠意のほうが心にズンときた。

私も一緒に昼食をとることで、お弁当ルティも終了した。
当初こそ、私が先に食べていたが、いつしか一緒にいただきますをするようになり、やがてルティの友達が、

一緒に食べていいですか?

とテーブルを移動してくるようになった。
ワイワイガヤガヤ食べてることで、だんだん敷居が低くなり、ルティは徐々に、元通り、友達に囲まれるようになった。
逆に孤立してしまったのが、シュザーやベイロンだったが、ルティは自ら声をかけ、二人を孤立させなかった。

学年があがるとき、シュザーとベイロンは転校していった。
シュザーは黙って去って行ったが、ベイロンは小さく

ごめんなさい

っていった。
おじいさまにたのまれたの。
ルティは悪い子だからこらしめていいって。
違うよね。
ルティは優しいのに。
優しいのに…

私はベイロンを抱きしめた。
こどもたちを惑わしてまで利益を得ようとする人たちがいる。
なのにこちらはそれを言い立てられないのだ。
それでも…


この年の出来事は、誰が敵で誰が味方かを明確にしてくれた。
敵も本気の敵と付和雷同の敵がいて、後者の人には誠意が届くこともわかった。
こんな環境下でも、ルティは伸びやかに育ってくれている。
ありがとうルティ・エイレ。
ありがとうマリュス。
私、なんとか頑張れてるわ…

それでも地球は回っている