私本藤原範頼 西行の章1
終わりにちょこっと来ただけのくせに。
今そのように思っておるのだろう。
義経。
異母弟(おとうと)よ。
されどおまえに対する私の見方も今はさして変わらぬ。
富士川の合戦で見出した若武者。
まだ見ぬ嫡男殿に愛されたいと、懸命に頑張っていた。
なぜこんな仕儀になったのか。
私はおまえを好いていた。
本当に好いていたのだぞ。
私本範頼記西行の章
~範頼から見る平氏終焉~
福原、一ノ谷の合戦の後、鎌倉に戻っていた私は、八月某日、頼朝兄上の呼び出しを受けた。
九州進軍の任を委ねられたのだ。
なぜ私に。
控えつつ、畏れながらと問う私に、兄頼朝はただこう言った。
母を異にするとはいえ、直下の弟である。
それでは足りぬか?
ただただもう、ひたすら身の引き締まる思いだった。
宴
出陣の前日に兄上から、我が軍の将たちが招かれた。
酒宴に招かれただけでも名誉なのに、各々に馬まで賜った。
まだまだ貴重な馬と馬具。
これで熱くならぬ武将はおらぬ。
しかも私が授かったのは、他ならぬ唐針だったのだ。
信義様が義経に下賜した…
手綱を引く手が震えた。
そして自分の心に気づいた。
唐針が欲しかったのだ。
できれば信義様から。
信義様は身近な私にでなく、義経に唐針を賜った…
兄上の仕儀は、まさにそこを、正してくだされたかのような錯覚を私に与えた。
この範頼、一命を賭すつもりで戦って参ります。
改まる私に、兄はこう言った。
焦ることはない。
じっくりかかってくれと。
安徳天皇は幼いし、平氏の陣には女人や老いた者も多い。
配慮して配慮して、あちらが投降するように仕向けるのが望ましい。
こちらにも、取り戻したいものもあるゆえな。
取り戻したいもの。
あああれだ。
鏡と剣と玉(璽)だ。
天皇を定める時に使うため、それらを持ち出されてしまった今上は、宝物なしで即位なされたのだ。
静かな闘志が身内に宿る。
兄上の信頼に応えたい。
真摯に思った。
弟(てい)
宴席の帰途、館の外に、阿野全成がいた。
私を待っていたようだ。
私の目を見て、
ご武運を。
とだけ言った。
私や義経と違って、鎌倉務めが主な弟。
私とは異母弟、義経には同母兄である。
任せておけ。
酔った勢いの大言壮語である。
私は自分を知っている。
正面突破が主で、義経のような奇策は持たぬ。
俺もいくさ場に行かれればよいのだが、あいにくとお声がかからぬ。
今は頼朝兄上の身辺警護が主である。
それも大切な仕事だと思うぞ。
たれもが死ににゆく必要はないのだから。
であるよな。
相槌は打つものの、どこか寂しそうだ。
兄弟だからこそ、身を預けておられるのだろうよ。
どーんとしてろ!
背中をどやす。
全成はなにやら曖昧に、されどちゃんと笑んだ。
その顔は、義経にちょっとだけ似ていた。
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