真理呼 倉・終章④〔R18有料作〕


         四

 そんな俺たちの日々に、小石が投げ込まれたのは夏だった。
 小石は滝ゆみという、二十二才のOL。
 『まりか』の準常連である彼女はよくいるオコゲ~オカマ好きでオカマにやたら馴れ馴れしくする女たちをそう呼ぶらしい。お釜にくっつくからお焦げ。言い得て妙ではある~の一人に過ぎなかったのだが、彼女が真理呼に興味を持った、そこからコトがややこしくなった。
 真理ちゃん真理ちゃんと馴れ馴れしくまつわりつき、店がハネると飲みに行こう飲みに行こうと執拗に誘い、ほかの客が鈴に軽口~それも全く悪意のない、ごくごく軽いもの~でも叩こうものならゆみがしゃしゃり出て、ギャアギャア怒るといった按配で、店全体の客あしらいにまでも影響が出てきたのだ。
 特上の常連が、ゆみが現れると帰ってしまったり、電話で探って、いるなら寄らない、まで起きてくると、まりかママも静観してはいられなくなった。
 その日、ママは鈴を休ませ、ゆみとサシで話したが、後刻、元気のない声で電話してきた。
「ダメ。全然話が見えないの。『私たち仲良しなのに、何でそんなこと言うのー』って泣くの。このテの女ってほんとに始末が悪い。どうする亮ちゃん…」
「どうするって言われても…まりかママの経験上はどういう対応がベストなんですか?」
「真理呼ちゃんにはしばらく休んでもらいたいな。あの女には辞めたことにして、足が遠のいたところでまたお願いできないかしら。ほんとに悪いんだけど」
「どのくらいかかります?」
「二か月か…長くて半年かな。悪いわね。店潰す訳にはいかないのよ」
「わかります。逆に今日まで本当にありがとうございました」
 こうして鈴の社会生活は、思わぬ形での休止を余儀なくされたのだった。
 稼ぎのなくなった鈴を独り暮らしさせておくと、ロクなことにはならないと思ったので、俺はかれを引き取って、自分のマンションに住まわせることにした。
 ゴシップ誌が二、三、『猟奇作家同棲か?』みたく報じてくれたが、翌週大物アーティストが麻薬所持で捕まってくれたおかげでこちらは消し飛び、鈴は俺の秘書とか助手みたいな位置取りでうちに居着いた。
 かつて犬だったことが身に染みているのだろう、鈴は決して仕事の邪魔にならなかった。
 じっと静かにしていられる鈴がある意味哀れで、俺はかれを映画に連れて行ったり、ゲームセンターで勝負したりと、気分転換に余念がなかったが、ともすればそれは、自分の首を絞めることになりがちだった。
「いい加減、何か書いてくださいよー。接待ばっか受けて、シゴトしない作家はサイテーですよ? わかってます?」
 サイテーとか、サイテーの編集に言われたくないと思ったが、えろすのバカ編集には通じないと思ったので、俺は返事をしなかった。
 鈴が麦茶を持ってきた。
 俺の分と中折の分。
 鈴を見もせずぐいと干し、それから見て、愕然とした。
「このコですね、噂の美女は!」
 立ち上がって鈴の手を握る。
「月刊えろすの中折です。よろしく!よろしく!よろしく!」
 その手がなかなか離れなくて気味が悪かったのだろう。
 鈴は半ばふりほどくように中折の手から逃れた。
 鈴の後ろ姿を見送りながら、それでも訪問目的はかろうじて見失わず、
「月末までしか待ちませんからね!絶対ですよ!」
 念押しに念押しして、中折は帰っていった。

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