銀の瞳〔成人向有料作です〕

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梯子に乗る時は安全に気を配る。
当たり前のことだが、私は特に。
再び、呼ばれないため。


そう。
待っている。
彼女は今も待っている。
私を。


銀の瞳


あっと思ったときには、からだは空中にあった。

妻。
こどもたち。
仲間。
得意先。
それからそれからそれからそれから。



衝撃と



闇が訪れた。






…さん



…さん



囁くような
声がする。



…さん…



その名は確かに私のものだ。
けれど。
ここはどこなのだ。
ひたすら香る甘い香り。
褥は黄色。
淡い黄色。
妻に似た女が私を見下ろしていた。


金木犀。
香り高い。
沈丁花、梔子とともに、三大香木と呼ばれて市井に親しまれてきた木々。
日陰でも育ち、初心者でも育てやすく、秋になるとオレンジの花を枝に密生させて咲くのだ。
原種は銀木犀。
花は白で小ぶりで…


そこにいたのは色白で、小柄な美しい女性だった。


来てくださるのをお待ちしておりました。
ずっと。
ずっと。
もう離れません。


身をすり寄せてくる。
私は堅物で通っている。
遊廓ようのところへ通った記憶はゼロではないが、妻と暮らし、子を持ってからは、身を慎んで生きている。
だから、私に、触れるな、ああっ。


触れられて、


血がそこに集まって、


猛々しくなったそれは、そこに導かれ、女は腰を沈め、た、ああああっ。


極彩色のたゆたいが、
もみしだく、私を。
私の全長を呑み込んで、
翻弄する、
翻弄される、
快楽(けらく)のような苦痛のような、
むせかえるほどの香りとともに、
頭の芯が痺れてゆく。


私は放つ。


幾度も。


瞳は銀で。


唇は朱く、形良く、


私を求め、求め続けて、

そして






あなた!
あなたあなた!


お父さんお父さん!


おやじ!!


いろんな呼びかけが耳に入ってきて、私ははっと目を見開いた。
名塚三蔵記念病院。
来慣れてる、うちの近所の病院。
動こうとしたら、腰に激痛が走った。

骨盤にちょっとね。
でも、割れてはないそうよ。

と妻。
気丈に言うが、顔色は真っ青だ。
まだ学費もかかるしなあ、とも思ったが、わかっていた。

そんなことより私を深く案じている。

なぜなら。


以前転落した時もそうだったから。


え。


以前転落した時?


以前?



独り立ちして二年目の秋。


私は不意の強風に煽られ…


そうだ


あの時に/




私は彼女と出会ったのだ/





私はハーネスをつける。
どんな簡単な高所作業でもだ。


私は知っている。


次、落ちたら戻れない。


絶対戻れない。


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