11月5日 ハワード・カーター世紀の発見
本物だけが
本物だけが結果を出せる。
すべてはここで終わるだろう。
それでも生きた。
精一杯生きた。
(このとき私は何を考えていたのだろう?)
11月5日 ハワード・カーター世紀の発見
1922年。
七年の調査の末、ツタンカーメン王墓の外側の封鎖壁を除去し封印を解くとそこには…
まさに世紀の発見。
イギリス貴族らから遺跡発掘の資金援助を受けてきたかれは、1916年からカーナボン卿の援助でエジプトの王家の谷発掘調査をしていた。
1922年はまさに、その援助契約の切れる年でした。
学歴もないかれの発見は、 当時の学会ではかなり低く扱われ、王墓の発見後も、実際はあんまりよくならなかったそうです。
それでも発掘以前よりは、恵まれた環境にはなったそうで。
余裕のある研究生活と、一等地の住まい。
ツタンカーメンの“呪い”も限定的なものだったのでしょうか。
64才で没。
天寿…ですよね。
カーナボン卿にお悔やみを。
むしろ契約最後の年に大物王墓見つけられた彼らは、祝福されてたとさえ言えるのではないでしょうか。
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