kesun用参考作(になればいいけど)
娘を待つ(2891字)
プロローグ
ことの起こりは渋谷の、
スクランブル交差点の真ん中で、
女性がいきなり叫んだことだった。
人の叫びではなかった。
まるで獣の咆哮。
そして彼女はいきなり手近な
娘を待つ
KA
私はゾンビものが好きだ。
絶望的な状態下で、それでも人であろうとあがく、人間の営みが好きなのだ。
最初のゾンビはただ歩いてきた。
墓地内の道を。
少し異様に揺れながら歩いてきた。
ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド。
ジョージ・ロメロ監督の、最初のゾンビ映画だ。
低予算の趣味映画みたいなこれが当たり、ロメロはビッグネームになった。
そして大きな予算をもらってまた作ったのが邦題ゾンビとついた二作目だった。
ナイト・オブ・ザ・リビング・デッドの後日譚。
前作で民家に立てこもった戦いがむなしいものだったので、ゾンビでは、大型ショッピングセンターが舞台になっている。
人間は生き物で、入れると出すをしなくてはならない。
できれば医療品も必要。
ああ、武器になりそうなものも。
あればありがたい、のリストが膨れ上がってゆく。
渋谷のひと噛みから始まったそれは、今はもうとんでもない状況になっている。
都内はパニック状態で、逃げ散る人、追う発症者、噛まれた人を救護する人、救護なんか不要だ殺せと怒鳴る人、各人が言いたいように言うので、どうしようもない。
駆け付けた警察も救急隊も、餌食になったり感染したり、もうどうにもならない。
ああもう、これは社会のルールに従う必要のないレベルだ……
私はニカの家に行った。
ニカは私のホラー友だ。
一緒にホラー映画を観にいって、ああでもないこうでもないと言い合ってきた。
殺人鬼ものは嫌い。
猫探しに絶対犯人がいる地下室に降りてくとか、殺人よりHに気が行ってる友達とか、ほんとにいただけないからだし、本気で作ると
何のためらいもない作品になって、味気なかったりすごすぎたりしてしまうからだ。
だからゾンビものの持つ、うまくすれば逃げられる余地あるけど、めいっぱい用心しなくてはいけないってのが程よくて、よくIF設定で話した。
どこに隠れると生き延びられるだろうね。
やっぱショッピングセンターでしょ。
入口きっちり閉めないとね。
ああ、入口多いね。
ショーウインドーとか弱いそうじゃね?
軍関係施設。
日本だと自衛隊?
入れてくれるかねえ。
武器手に入れても扱えないよ。
実物重いらしいし。
学校は?
食べ物飲み物運び込まないとねえ。
窓も多いし。
結局近辺だと、ニカのおばあちゃんちが、ベストなんじゃないかという話になっていたのだった。
ニカのおばあちゃんはついこの間まで雑貨店をやっていた。
保存のきく飲食物がいまだに倉庫に眠っている。
店舗は奥まった形で、入り口は一カ所。
最悪の場合は搬入口と、二階の、二つの逃げ道がある。
お店だったからシャッターもある。
二人で必死に急ぐ。
通りには逃げ場のない人や、置き去りにされたこども等がおろおろしている。
ママ、ママと泣いている子だけでも連れて行こうかと一瞬思ったが、ニカはきつい目で私を見、黙って首を横に振った。
私は従った。
人々が逃げる方向と逆に行くのは、彼らにはあてがない上、もうすぐ帰宅者を乗せた列車や、徒歩の人たちがこの町にさしかかるだろうから。
逃げまどってるだけの人は、その人たちの渦に巻き込まれ、その人たちに紛れてる感染者に次々襲われてしまうだろう。
全員は救えない。
でもニカ。
友理奈はいいよね。
私万一の時には、ニカのおばあちゃんの店って言っちゃってる。
ニカはさっきみたいな目はしなかった。
当たり前じゃん。
ななの娘は私の娘も同然だよ。
見捨てるわけないじゃん!
ちゃんとした笑顔。
でも私、さっきのニカの目を覚えてる。
怖い。
正直怖い。
そういえば昔、暗い道で痴漢に遭ったニカは、めいっぱい抵抗したために、犯人が死にかけ、ニカは危うく過剰防衛で訴えられるとこだった…
ニカと避難するって…もしかしたらこれ、間違った選択なんじゃないだろうか…
シャッター下ろして籠もったのと、悲鳴が始まったのはほとんど同時だった。
なに!!
なになに!?
やだ!噛まれた!
痛い!
誰か!
警察呼べ!!
無理だ!警官も!うわああああっ!!
聞くに耐えない。
合間合間にうなり声や、くぐもった呼吸が挟まる。
奴らは確実にいるのだ。
人が逃げ惑ってぶつかるのだろう。
シャッターが、ガシャンガシャンと激しい音を立てる。
それでも中は安全だ。
食べ物も飲み物もトイレもある。
夜が更けていく。
娘からの連絡はないし、娘の携帯にかけるのもはばかられる。
もし今どこかに隠れてるなら、コール音で命を落とさせるわけにはいかない。
ニカちゃんのばあちゃんの店だよ。
覚えてるよね。
もうそのことを祈るばかりだ。
と。
仮眠してたニカがガバッと起きた。
ばあちゃんは!?
しっかりして。
お婆ちゃまは先月亡くなったじゃん。
うん。
そうだった。
頷いたけど、ニカ、顔色真っ青だ。
最後認知だったっけ。
うん。ひどかった。
私のこと嫁って言い張って殴ったり。
ひどい!
ニカが最後まで面倒見たのに。
まあ嫁はママのことだから、私がそう見えても仕方ない。
仕方なくない!
私覚えてる。
ニカのママさんいつも私にも優しかった。
でもいつも痣作ってたよね。
ばあちゃんが物差しとかでぶってた。
あたしには優しいのに、ばあちゃん、ママにはひどかった。
だから…
だから?
ちょっと聞き咎めた時だった。
シャッターが叩かれ始めたのだ。
三回、三回、三回。
切れて、再び、三回、三回、三回。
友理奈だ!
私はシャッターを開けかけたが、
かかった声に手を止めた。
シノです!
友理奈連れてきました!
玉田さん!ここでいいんですよね!!
シノくん。
友理奈の彼氏。
温厚で、親切で、長身のイケメン。
ここまで友理奈を守ってきてくれたのだ!
守れてないです!
友理奈今さっき、変な女に肩口噛みちぎられて!!
俺!俺!どうしたらいいんだか!
噛み…ちぎられた…?
私は思わずニカを見た。
ニカも目を大きく見開いている。
その目は言っている。
あんたの娘だよ。
早く中へ入れてやんなよ。
でもでもでもでもでも!!
私は震える声で問う。
友理奈、息してる?
してますよ、あでも今してない。
友理奈、友理奈!!
うわっ!
うわあああああああっ!!
ガシャーンとひときわ高くシャッターが鳴り、あとはただただ垂れ込める沈黙。
ややあって、ガリガリ、ガリガリ、と、シャッターは爪か何かで擦られ始めた。
私はニカを見る。
ニカの顔は真っ青だ。
その目はそれでも言っている。
友理奈ちゃん…入れてやりなよ。
私の目は、答えている。
何で。
ああ。
彼女の目の中に、私自身が写っている。
その目はあのときのニカの目と同じ、冷たい光を放っていた。
※ 情をきっちり出そうとすると
やっぱりそれなりの長さが必要になるね