私本義経 郎党
以仁王の挙兵自体は、あっという間に尻窄んでしまった。
挙兵直前に紀伊熊野にて、平氏方(かた)、反平氏方の小競り合いがあった折に、平氏方、権別当湛増を中心とした本宮勢力が、先手で情報を掴んだのだ。
源行家が、以仁王の令旨携えて、諸国を回っております!
権別当湛増から平氏への注進により、平氏追討の企てが発覚するところとなり、以仁王様側は平知盛や平重衡率いる平氏の大軍の攻撃を受けた。
以仁王様その人もその五月、宇治の平等院にてあっけなく戦死なされたという。
されど。
それで令旨の意味合いまでもがかき消えたわけではなかった。
そもそもこの時期平氏は、繁栄栄華の頂点にあり、氏族の都合、清盛様お一人のご都合にて、任官、交渉、果ては遷都までもが行えてしまっていたのである。
平氏以外、たれの利益にもならぬ改変ばかりが行われる都に、国全体が飽き飽きしてもいた。
変えていいなら変えるぞ?
変えようや。
変えちまおう。
囁き交わしの小声が確実に、大きく育ってきていたし、あの年敗れた源氏の子等には、特に好機感著しかった。
わけても一段熱く飛び出しているのが源義仲殿だった。
源義仲、またの名を木曾義仲。
無念の死を遂げられた以仁王様の、忘れ形見であられる北陸宮(ほくろくのみや)様を奉じていた。
ちなみに以仁王様とともに挙兵した源頼政殿は、以仁王様とともに戦死なされており、その折義仲殿の兄君~頼政殿のご養子になられていたのだ~も、義理の父上ともども枕を並べて逝かれている。
そうした縁(えにし)もあり、義仲殿の思いは一段、他の源氏棟梁より熱くも強くもあるようだ。
顧みて、わが兄君たる頼朝殿はどうなのだろう。
義仲殿の血気に比ぶれば、我が兄君は怜悧な印象を受ける。
闇雲に、京を目指されている義仲殿。
関東に、まずは拠点を固めようとしている様子の兄君。
手堅いのは兄だが、熱いのは…
金売吉次が平泉に戻ってきた。
商売は順調のようだったが、戦の気配が都のそこここに満ちていて、何やら落ち着かぬと言っていた。
義経様は挙兵なさらんのですか?
挙兵も何も、郎党は弁慶だけゆえ。
まあ弁慶殿はお一人で、千人力でしょうがね。
時に義経様、千人分の力量を、千一人分になさいませんかね?
?
怪訝に吉次を見やる、吉次は果たしてにやりと笑った。
ご挨拶せよ。
吉次が促すと、吉次より少し年若い感じの長身の男が現れた。
吉内(きつない)と申します。
優男。
だが堅そうだ。
礼儀正しさが際だっている。
不肖の弟ですわ。
侍になりたいらしゅうてなあ。
侍…
兄を見やると、ただただにこにこ笑っている。
道中。
物見。
情報集め。
ヤットウの腕は大したことおまへんでっしゃろが、細かい働きには長けてる思いますよ。
なあに、いきなり侍大将にはなれへんでしょうから、手柄っちうか、なんか一つ二つ立てたらでよろしおす。
使ってみてやってくだされませな。
そう言って、吉次は吉内を置いていった。
私の三人目の郎党。
もちろん二人目は吉次である。