惨(ざん)の記③
変化
寿永二年(1183年)夏から秋は、何やらとても慌ただしかった。
父上が幾度も平氏に勝ち、最後は平氏を追い出して、京都の警護者になったのだ。
人質の立場が逆転するかもな。
?
おまえでなく、大様のご家族ご一同がおまえの逆人質。
ありえるかー、それ?
このまま勝ち続けたらありえるって。
うはー。
そんな世情なら、頼朝の家の居心地も、悪くなってもおかしくないのだが、頼朝妻殿も家中の者たちも、吾につらく当たるでなく、日々は穏やかにすぎていた。
大とのわだかまりもいつしかほぐれ、一緒に潮だまりをのぞいたり、山野を騎馬で走ったりなどもするようになっていた。
まだお床入りは無理でしょうねえ。
頼朝妻殿はずけずけと言う。
吾も大も真っ赤になるが、妻殿はどんどん話を進める。
太郎は五つも大人だから、我慢もつらかろう。
便女をつけましょう。
便女。
巴とか山吹がそう呼ばれたりしおるのは聞いておる。
父上は巴らを好いておるからよいが、吾に便女がついたら大は…いやじゃろう…?
いやです!
大が大きな声で言った。
かか様はとと様に女人が寄るだけで怒るのに、なんでにいさまには便女を薦めるのですか!!
本格的に怒っている。
にいさま参りましょう!
吾の手を取って座敷を出る。
吾の顔は真っ赤のまま。
座敷から、妻殿の、くすくす笑う声がいつまでも響いていた。
いつもの潮だまりまで逃げてきて、小魚やひとでを採った。
きれいな貝殻は、砂浜の方でないとないでしょうか。
かもしれんな。
岩場には藤壺とか、固いものしかないかもじゃ。
船虫多いですねー。
他愛ない会話がたのしいが、それ以上に大が、おとなしい大が、便女はいやだと言い切ってくれたのがたまらなく嬉しかった。
大は、吾が好きか?
恐る恐る問う。
好きですとも。
聞かずばわかりませぬか?
問い返されてしまった。
あどけない、つぶらなまなざし。
ついに我慢できなくなった。
大!
口吸いせむ!
大は大人のように笑み、立つ吾の前にちょっとだけ進み出た。
背伸びして、唇寄せてきた。
触れるだけの、ささやかな口吸いだったが、吾は満足だった。
満足だったが!
以来ふぐりと竿がおとなしうなってくれぬ!!
たれもおらん、たれも聞いとらんのを確認しては手淫する。
だんだん竿先が剥けてきて、大人のようなそれになってきている。
柔らかな大の唇の感触をおかずに、大の面影で下帯を汚す。
大!
大!
早く大人になってくれ。
一緒に、一緒に生きよう。
何度も、何度も達しながら、吾はその日を繰り返し夢見る。
だがその夢は、突然、かなわないことと相成った。
父が討たれたのだ。
無残
討ったのは、伊勢三郎義盛。
大の父、源頼朝の、異母弟の郎党である。
頼朝の異母弟は執拗に父上を追い詰め、父の最後は戦わずしての自害だったが、そやつはそれすらも許さずに、郎党に弓を射かけさせたのだと聞いた。
実は死んだのは私の父ばかりではない。
幸氏の父も兄も、十月の海戦で命を落としている。
だがその敵は平氏。
追いやって、追いやり返された相手だ。
それに比べて父上は、同族である源家の者に殺された。
ああ、そのずっともっと前にも。
吾の父の父は、頼朝の異母兄によって命奪われたと聞いておる。
名は源義平。
そして今父がまた、頼朝の異母弟、源義経によって命奪われたのだ。
なんと因果な家系か。
なんと因果なつながりか。
そして吾。
父亡き今、源頼朝は吾を生かして残す意味がない。
私が大に子を成せば、その子は木曽の名を持って、祖父の仇を討たんとするだろう。
つまり私を生かしておけば、頼朝殿は獅子身中の虫を育て続けることとなるのだ。
吾は気づく。
吾は吾が父の仇を討つ発想をしておらぬ。
なぜかはわかっている。
吾は大がいとしいのだ。
大の父も母も憎んでおらぬ。
だって!
大の父母ではないか!!
されど大の父母側は、吾に戦う意図なしと、絶対に信じてはくれぬだろう。
すべては終わったのだ。
終わってはおりませぬ。
襖の外の声。
自ら開いて、進み出たのはほかでもない、大だった。