有線〔再録。企画用④〕
ネット時代だってえらい人が言ってるけど、ほんとは有線だって僕は知ってる。
ことの起こりは電話のコード、抜いたり差したりしてたこと。
言い忘れたけど僕は、こどもだけどまんが家で、週に三社くらいから督促がくる。
好きで描いてたのに、仕事になってつまんなくなった。
督促は聞かないことにしよう。
携帯を切りパソコンも切り(描くのは番号出してない、もう一台のでやってるからいいんだ笑)、それでも家にかけてくるぶれいものがいるからたまにコード抜いてて。
お父さんの会社からの連絡が受け取れなくなって、僕はお父さんとお母さんからこっぴどくしかられた。
そんなにいやならやめなさい!!
までいわれた。
いやだけど…
やめたくはないと思った。
不承不承コードをつなぎに降りて、つなぎたくないから逡巡して(僕この逡巡って字大好き。二つ点のしんにょうも、巡航ミサイルの巡もかっこいい)、つなごうかつなぐまいか考えてたとき、コードの接続口からそれが出てきたんだ。
ツナグノカツナガナイノカ!!
めっちゃ細い、銀色の竜だった。
びっくりした!
胴は2mmもないのに鉤爪もたてがみもひげもある。
それが僕を正面からにらんでた。
オマエガ描コウガ描クマイガドウデモイイ!
デモコレヲミロ!
と僕の手を鉤爪でつかんだ。
すると僕はみるみるちっちゃくなって、
気づくと銀の細竜の背中にいた。
どこだここは。
いろんな色の光が、前後左右飛び交ってる。
光の交差の真ん中を、僕と僕の竜が飛んでいる。
ある時はほかの竜と並び、ある時はほかの竜と離れ、瞬く間に何億キロもの旅をしてる。
赤い竜が僕らを追い抜いていった。
僕らの三倍速度。
業務用回線データだ。
速くて守りも堅い。
片言じゃないんだな。
当たり前だ。
ここは俺らの世界だからな。
あの透き通った竜たちは何だ?
一つところでぐるぐる回ってる。
あれはお前の作業用パソコンのデータだ。
おまえがネットにつながないから孤立してる。
そういうことか。
ああでも。
おまえが思った通りでもある。
孤立回線は、汚染や乗っ取りの危険から守られる。
外界とつながってる竜は、少なからず汚染の危機もある。
そこの、
と黒い竜を指した、
ああ言うのが食いついてくる。
ファイヤーウォールついてるのは弾けるが、
赤い竜が黒を撃退、黒は弾きとばされた。
脆弱なデータは、
と指さす先、青いデータが真っ黒く染まった。
こんな中を俺らは飛んでる。
おまえらの通信を守るために。
言ってる間も銀の竜は飛んでいる。
黒い竜をかいくぐり、赤い竜には道を譲り、先を急ぐ。
どこ行くの?
着けばわかる。
銀の竜はさらに加速した。
ついたところは印刷所だった。
n社の担当のサワダさんが、印刷所の人たちに謝っている。
明日には入れられるんで。
ほんとにすいません。
サワダチャンだから待つんだよ?
それにノゾム先生だから。
ノゾム先生の新作面白いもんな。
あれ絶対当たるよ!
大人が、大人の人が何人も、僕の作品を待ってる…
知らなかったこんなこと。
僕は好きなことを好きなように描いて…ただただ…
知らなかったろう今まで。
社会の仕組みも俺たちのことも。
おまえたちの知らないとこで、俺たちはこうして働いてる。
通信業界の重鎮だけが知ってる。
スマホ売り場のにーちゃんねーちゃんも知らないんだぞ。
だから
目が覚めたら僕は自分のベッドにいた。
お父さんとお母さんが心配そうに、僕を見下ろしていた。
廊下に倒れていたのだという。
電話コードの接続口のすぐそばに。
手には電話コードの端が握られていたという。
大丈夫かノゾム。
びっくりした。
もう二度と目を覚まさないんじゃないかって。
お母さんはもう半泣きだ。
まんがやめたいならお母さん言ったげる。
サワダさんとクリキさんとオオガワラさんよね。
お母さんはもう手にスマホを持っている。
桃色の竜がこそっとこっちをみてるのも見えた。
家庭回線の竜だ。
あいつらが、働いてて。
その向こうにサワダさんたちがいて。
僕の作品を楽しみにしてくれてるんだ…
通信ハ、俺タチノ努力ノ上ニナリタッテル。
後悔サセナイデクレ。
銀の竜の言葉は今も、僕の中にある。
あれから20年すぎた。
今も僕はまんが家を続けている。
※ この作品は、こどもたちと、その未来を強く案じ続けるあるかたのために、2020年に書いたものです。