映画「窮鼠はチーズの夢を見る」
ステレオタイプの『幸福な人生』を歩む、世間体バッチリの『勝ち組マジョリティ男性』、自分は女性に優しい男であるべきだと思い込んでいるような中身空っぽの主人公が、世間体だとか普通の人生だとかいう規範の呪いから真実の愛を獲得して成長する話。
成田凌さんが、かなりすごい。些細な表情や仕草のひとつひとつが印象的で、本当に表現力豊かな役者さんだと思った。
主人公の勤める企業ビルのエントランスに突如現れたときの、死神めいた異質なたたずまいとか、黒のロングコートの着こなしっぷりとか、袖口の絶妙な長さとか、まるで猫のような仕草とか、不意に泣きそうな顔するところとか......。
今ヶ瀬という危うくて健気で可愛い男に私や一緒にいった友人が釘付けになったのは、成田凌さんの演技力あってこそだと思った。
大倉忠義さんも、演技うまくてビックリした。なんていうか、大伴恭一というひとりの人間がスクリーンの向こうにいた。アイドルとしてテレビでよく見る大倉さんではなかった。顔立ちが意味わからんくらい綺麗だった。
以下、原作未読(買ったけど、まだ映画の余韻に浸りたいから読んでない)、ネタバレありで感想。
物語は、恭一が勤め先に突然現れた大学の後輩・今ヶ瀬渉に、不倫の証拠写真を突きつけられるところから始まる。
妻にはバラさないでくれと頼むが、後輩の今ヶ瀬は「仕事なので」「でも、先輩だったので流石に胸が痛んで」と、曖昧な態度。焦れる恭一は、圧倒的男前フェイスを以ってしても滑稽であった。
不倫したくせに「妻のことが好きだから悲しませなくない」「妻のことは大事にしたい。それとこれとは別なんだよ」とほざく顔だけは綺麗で人当たりのいい男、これが本作の主人公である。
大学のときは「流され侍」という二つ名を冠していたらしい。今ヶ瀬はその性質について
「あなたは、愛してくれる人に弱いけど......、好意を持って近づいて来る人の気持ちを、次々嗅ぎ分ける。...... ね?」
と、見透かしたように笑う。(この海のシーン、大好き)
恭一という男は、優しくて世渡り上手で愛嬌があって端正な顔立ちで、多分誰にでも好かれるような人間だ。だけど、誠実さというものがない。今までの人生で、愛されている状態がデフォルトだったからなのか、寂しがりでもあるような気がする。
今ヶ瀬は、恭一に「大嫌いだったのにな、あんたみたいなタイプ」と言う。頭ではわかっていたのだと思う。こんなやつ好きになったって、ロクなことにならないって。わかっていても、ずっとずっと大好きだった。
泣ける。
人なっこい笑顔で甘え上手のくせに、たまに兄とか父親みたいな態度を垣間見せる大伴恭一とかいう決して手に入らない(と、彼が思い込んでいる)男に心を掻き乱される今ヶ瀬くんが、可愛くてかわいそうで健気で、ずっと不安でいるんだろうなぁと傍からみててわかるので、なんかつらかったです。
この映画は大きく分けて4つフェーズがあって
・妻と離婚する前後
・セフレと切れる前後
・元カノと切れる前後
・後輩ちゃんと婚約破棄する前後
そのなかで今ヶ瀬と恭一の関係の変遷が描かれている。
二人を取り巻く4人の女たち。第三者視点からみる推しって興奮するよね。
最後の女・岡村たまきちゃん除き、実は嫌な女博覧会である。清楚ぶってるけど計算高い不倫妻、心配するフリして隙あらばひとの生活に潜り込もうとする愛人女、サバサバ気取ってるマウンティング女。フルコンボだドン!
特に、大学時代の元カノ•夏樹は普通に怖すぎて、恭一じゃなくても勃たない。笑
笑ってるけど腹ん中何考えてるかわからない食事会、スリリングでしたね。今ヶ瀬くんの元カレ?ステディ?なんかあいつも執着強そうかつ、なんか暴力的な雰囲気あってやだったなぁ。今ヶ瀬くん、逃げてーーー。
第三者視点興奮するよねといえば、洗濯干してたら戯れるイケメンを目撃して二度見するおばちゃん、まじ私やった。
行定勲監督は、BLというものをよくわかっているなぁと思いました。バラエティ番組観ながらポテトチップス食べさせてもらったり、首都高走って夜明けの海を観に行ったり...。とにかくツボを押さえている。
ワインのシーンはマジで最高。来年また買ってやるよ、それでいいだろ?という恭一の何気ない言葉に泣きそうな顔する今ヶ瀬くんが切なくて可愛い。
部屋のインテリアにも、並々ならぬこだわりを感じた。シングルベッドで二人で寝るのは普通に窮屈そうだけど...。その部屋のインテリア、今ヶ瀬がいつも所在なさげに座っていた椅子なんかが、後々大切な役割を果たすんですよねぇ。
あの椅子に彼女が座った時、婚約者の岡村たまきは文句の付けようもないイイ子だけれど、今ヶ瀬の場所を、自分の記憶の中の今ヶ瀬を侵して欲しくないと、恭一は思ってしまったんだなぁ。
「本当に苦しそうだったからね。俺は幸せだったんだけど。もっと早く別れてあげればよかった。...... 勝手なんだ、俺」
このセリフ、今ヶ瀬に聞かせてあげたかったよ。
恭一は今ヶ瀬のことを安心させてやれないからな......。嘘はつかないけど移り気な男だから。でもさ、あいつにしてみれば、ファンデーションで汚れたスーツをクリーニングに出さなかったのは、後ろめたいことがないからこそなんだよ。だけど、お前......、そういうとこだぞ!!!しかも、今ヶ瀬を失った喪失をまた、いけそうな手近な女で埋めやがって、お前......、そういうとこだぞ!!!
恭一は今ヶ瀬に対してだけは、あんまり気遣ったりしないで本音でぶつかって、率直に怒ったりしてた。恭一は今ヶ瀬のことを安心させてやれないからマジであなたじゃダメなんだけど、逆に恭一には今ヶ瀬じゃなきゃダメだと思う。恭一が人として成長できたのは今ヶ瀬のおかげだと思う。だから、今ヶ瀬はもっと自信持っていいんだよ!!!
恭一は今ヶ瀬にケータイ勝手に見られて最初は怒ってたのに、最後の方はなんとも言えない表情で見て見ぬふりしてた...。
別れたあと、ゲイバーにあてもなく今ヶ瀬を探しに行ったシーンも、切なかった。こんなんめっちゃ好きじゃん!
今ヶ瀬くんは仕草が猫のようだし、最初は見透かしたようなこと言って揺さぶりかけて、小悪魔みたいな感じなのに、本当はいつもずっと不安で健気で一途で、一緒に暮らそうと言われて失踪しちゃうとか、なんかもうすごいと思いました。今ヶ瀬くん......幸せになってほしい。
さて、感想ざっくりだけど、まとめたし、原作読むかぁ。
チラッと見た感じ、原作は台詞やモノローグが多い。窮鼠の映画は、淡々としていてモノローグは皆無、台詞は最低限で世界観を表現していて、すごかったなぁ。漫画や小説を映画化するときは、やっぱりこうでないと。映画的表現にこだわるからこそ、映画化の意味があるんだと思いました。行定勲監督は、やっぱりすごい。