ドラマチックはいらない
「そこをどいて」
「行かせるわけにはいかない」
「いいからどいてよ」
ホテルのラウンジで、私の行く手をふさぐのは親が決めた婚約者。
いかにも清々するといった様子で、私の想い人がもうすぐ海外に飛び立つと告げた。
「あんな奴を追いかけるつもりか! なぜわかってくれない、僕は君を愛して・・・」
「呑みすぎたみたい。トイレに行きたいの」
この人の、すぐに自分に酔うところにうんざりしていた。
「あ、すまない」
こんな昼間から、素面で愛を叫ぶだなんてどうかしてる。
化粧室には寄らずにそのままホテルを出る。すると待ち構えていたかのようにボディガードが現れた。
「なに」
「お戻りください。旦那様からきつく言われております」
「どうきつく言われているっていうの? 私は良子が相談があるって言うから向かうところなのよ。お友達に会いに行くのもだめなわけ?」
「良子様が?」
途端にうろたえ始める。このボディガードはいい年をして、私の友人に片恋中なのだ。
「で、では私がお供を」
「なに言ってるの。相談内容かもしれないあなたが一緒にきたら相談にならないじゃない」
顔を真っ赤に染めて、「では代わりのものを」なんてごにょごにょ言っていたけれど、時間がないと一蹴してタクシーに乗り込んだ。
いくらガタイがいいからって、良子がおっさんなんて相手にするはずないじゃない。年を考えなさいよ。
タクシーの運転手に可能な限り急いでもらって、搭乗時間に間に合うよう空港に着くことができた。でもまたしても邪魔が入る。弟だ。
「姉さん、来ると思ったよ。どうして諦めてくれないんだ。立場も考えてくれよ」
「なに言ってるのよ。あんたが気にしてるのは自分の立場でしょ」
引き止めようとする手を振り払った。それ以上弟はなにかすることなく、ただ遠ざかる私を見ている。
なにが立場よ。思春期真っ只中のくせに一丁前に。
案内板を確認し、搭乗口まで全力疾走した。息を切らしながらたどり着くと、想い人の後ろ姿を見つけた。
「待って!」
振り向いたのは、学生服に身を包んだ私の愛しい人だ。
「あ、遥くんのお姉さん。お姉さんまで見送りに来てくれたんですか? ありがとうございます。向こうでも頑張ります」
はにかみながら微笑む愛しい人しか見えなかった。
「待って、行かないで! 貴方のこと、愛してるのよ!」
駆け寄ると、彼を私の胸に閉じ込めた。
私は彼しか見ていなかった。
彼の後ろで凍りつく、母親なんて見えていなかった。