私になりたかった私 #10 「麗」
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麗は30になるまで、つまり『変身』をするまでセックスをしたことがなかった。
そして今ではすっかりはまっていた。
よく聞く、その気持ちよさは正直あまり分からなかった。
けれど、自分の声、動きに反応し、興奮する亮を見ることがたまらなく刺激的だったし、わくわくした。
まるで支配してるみたいだと思った。
自分にこんな支配欲があったなんて、麗は思いもしていなかった。
いままで誰も自分に見向きもしなかった。虫けらのように扱われてきた。
いや、虫の方がまだましだ。忌み嫌ってくれる人がいる。
自分にはそんな人もいなかった。
その反動だろうか?
自分のことを欲してくれる人がいる。
激しく求められている。
そのことがひどく快感だった。
だから麗は亮と会えば時間が許す限りセックスした。
何度も何度も飽きもせず。
「あゆみ……あゆみ……」
亮が汗だくになって動いている。
「あゆみ!」
絞り出すような声を出し、麗の上に倒れ込んだ。
汗で湿った亮の胸板がべたりと肌に貼り付いた。
荒い息をしている亮の柔らかい髪が顔にかかり、くすぐったかった。
麗は甘えた声で聞いた。
「ねえ、気持ちよかった?」
「めちゃくちゃ気持ちよかったよ」
亮は答えると、麗の首を舐めた。
麗は亮の言葉に興奮し、身をよじる。
「ほんと?」
「うん」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだよ! 麗は最高だよ、マジで」
「やった」
麗は亮の頭を抱きしめた。
この男の肌。匂い。体液。そしてぬくもり。
これらを統べていることに満足していた。
笑っていた亮が静かになると、麗は優しく聞いた。
「どうしたの?」
「……俺っておかしいのかな」
麗は顔を傾け、亮の方を見た。
亮は不安そうな目を麗に向けていた。
「アタマ、おかしいと思う?」
アタマおかしい。
他の女を抱きながら前の彼女の名前を呼ぶ。
それは一般的にはアタマおかしいことだろう。
でも、そしたら私は?
麗は自問し、笑いだしたい衝動に駆られた。
自分のしたことは「アタマおかしい」なんて言葉じゃ片付かないだろう。
「……人ってさみしいと、みんなおかしくなるんだって」
麗は呟いていた。
「それ、誰が言ったの?」
麗は亮の質問には答えない。
だって、経験したんだもの。
私もお母さんもさみしかったんだもの。
麗はただ、亮の湿った頭をそっと撫でていた。
亮もそれ以上、何も言わなかった。ただ、麗にぎゅっと抱きついてきただけだった。
結局それから麗は亮ともう一度セックスした。
そしてお腹が減ったので安い居酒屋で夕食をとることにした。
亮と新宿駅の近くにあるチェーン店に入った。
店内は多くの客で混み合っていた。
若者たちが騒ぐ声が店内に響いている。
麗は亮とカウンターに座り、固い牛タンや塩の効きすぎた焼き鳥を安い酒で体の中に流し込んでいた。
しばらくメニューについて文句を言ったあと、亮は今日も言った。
「今から麗の家、行っていい?」
最近、亮は必ず麗の家に来たがった。
何かを勘ぐっているのか?
それともまたセックスしたいだけなのか。
麗は酔いが回った頭で考えたが、分からなかった。
「今から亮の家、行っていい?」
麗は亮を真似て返事した。
「駄目だよ。俺は実家だもん」
「私もそうだもん」
「うそつけ。この前、独り暮らしだって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「なあ、麗って俺と会ってない時、何してんの?」
「亮は私と会ってないとき、何してんの?」
「俺のことはいいの。付き合って3ヵ月も経つのに、俺は麗のこと全然知らないから……」
今日の亮はやけにしつこい。どうすべきか麗は悩む。
「教えてよ、家の場所くらい」
「はい、はい。その前にちょっとトイレ」
麗はとりあえず話を終わらせようと立ち上がった。
足元がふらつき、亮にぶつかってしまう。
思ったより酔っているようだ。
「ごめーん」
麗は軽く亮に抱きついてから、トイレへと向かった。
亮を諦めさせる方法を考えなければならない。
(つづく)私になりたかった私 #11 「亮」はこちらから。
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