嫌われてもいい。
「好かれるより嫌われる方が楽よ?」
これは
ウチのBBA(同居の実母)が
私が1回目の結婚の時に
当時姑と同居だった私に向けた言葉(笑)
そりゃあ、
嫌われるよりは
好かれる方がいい。
ただ、必要以上に
"嫌われないように"
って思うと本来の自分と違う方向へ
行ってしまいかねない。
同様に"気を使う"っていうのも
程々にしないと結果、
自分を蔑ろにしちゃう。
最近色々と思う事があった。
ここ数ヶ月結構色々あって
"これは何を意味してるんだろう"
と深く考えることが沢山あった。
で、行き着いたんだけど
これからは関わる人、
特に自分の提供するサービスで
じっくりと向き合う人に対しては
間口を狭くしようと思う。
例え1時間でも(まして1ヶ月2ヶ月となると)
セッションでは相当の熱量をその人に注ぐわけよ。
こちらの熱量に対して
同程度の熱量で臨んで来てくれる方には
それこそ全身全霊以上で向き合おうと思うけど
そうじゃない人、
最低限の礼儀も持ち合わせない
リスペクトの欠けらも無いという人と
向き合ったらどうなると思う?
こっちが疲弊してしまうんだよね?
何故って、そういう人達って
相当なエネルギーを奪って行く。
こちらもエネルギーを奪われるし、
相手にも いい物を提供できない。
なんの生産性も上がらない。
50歳近くなって、後半の人生
どのようにしたいかって思うと
良いエネルギーの循環の中で
生きたいって思ったんだよね。
自分がこういう事を言う事で
嫌われるならそれも結構。
同じくらい好きだと思ってくれる人が
案外私には居ると思ってるからね。
(自己肯定高子)
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