4、海賊の棲家
テレビの向こうでアイドル上がりのお天気キャスターが大寒波をお知らせする一月。
一度は入ってみたかった憧れの味園ビルで、
一時間かけても一杯のハイボールも飲みきれないほど
一番の場違いを感じているのは、間違いなく私である。
「デートどうだったの?」
「デートじゃない!」
バーの店主とのやり取りを楽しむのは、“いつもの”と称すカンパリソーダとジントニックを混ぜた洒落た飲み物を頂く友人である。
「一般世間からみるとイケメンってことはわかってる。でも無理。」
「なんで?」
「私の話なんか聞いて楽しい?って思うの。」
「それは向こうが決めるんでしょ?」
「無理無理って思っているのに“気をつけて帰ってください”なんてメッセージとか送ってしまうんです~」
馴染んだ仲のような会話には限界があったが、それよりも早くにハイボールの氷が生温い温度に耐え切れず同化してしまった。
手持無沙汰になり、店内を見回してみる。
サブカルチャーの展示会のような空間には、
たくさんのお酒にアニメポスター、漫画、スーパーファミコン、癖があるBGMに名作映画が無音で流れつづける。
「オネエーチャン!ハイ!ネーム!ネーム!!」
そして、隣には何かと強すぎる外国人。
「いいですか?まずは、“こんばんは、はじめまして”って言うの」
「スゴイヨ~!」
アメリカンジョークに対して私なりのジャパニーズプライドをぶつけるも、怯むことのない外国人に勝ち目などないことを知る。
少し微笑みぬるいハイボールを口にする。
「音楽は何を聞くのですか?」
一際賑やかで目立つ男が、こちらを見て、問う。
少し考える。
答えないわたしにも容赦などなく、
男性は間もなく名前はなんですか、と問う。
答える。
そのすぐ後、
わたしの友人が男性に好きな音楽の話をする。
親しそうに、する。
何の漫画が好きですか、という次の質問の回答を与えられた私は、考えておく。
少しすると、また名前を聞き返す。
友人が人生のはみ出し者の謳歌をうたいだす。
それに微笑みあう店内。
世界でいちばん安全な場所。
もうなにも必要なものなど無いかのように、歌い出す。
言わばエゴとエゴのシーソーゲーム。
ここは、わたしには充分すぎる。
「目が、なんていうか、強い、から~“ビーム”だね!!ね!ビーム?」
今日から私の名前はビーム。
贅沢な名前に生まれたつもりなどない。
ましてや目の前の人間は年季も中身も入っていないただの男である。
ただにこにこ笑う私に対して、病気なんじゃない?と別の笑い方を覚え始める。
「映画は!映画は何をみるの?」
仕切り直しのように、男はまた質問を口にする。
再び私は回答を考えこんだ。
ソワソワしている。
「洋画?邦画?」と焦る声にも「どっちも」と答える私にソワソワは終わらない。
あと二分。
あと二分ででないと終電に間に合わない。
私がすぐに答えをだすことができたのは名前を聞かれた時だけだったと気づいた時には、残り少しのハイボールは寒波のおかげでまた冷えはじめていた。
「今日はごめんね。」
申し訳なさそうに店主は微笑む。
「どうして謝るんです?」
少し考えた後に「いいやつなんだけどね、」とこぼした店主の先の言葉を考えてみた。
「大丈夫です。わたしは貴方達の安全を脅かしたりしませんよ。」
店主の顔は驚いたようにも、安堵したようにも見えた気がした。
「そんなこと言われなくてもわかってる、」
わたしだって、わかってないのに。
小さい唇が歪んだ。