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時を刻む責任


「壊れたからやるわ」って、昔おじいちゃんが時計をくれた。


どこの時計屋さん持って行っても、
記念品で作りが普通じゃなくて、壊れる恐れがあるからバッテリー交換も電池交換も断られてた。


灯台下暗しで家電量販店の時計コーナーの人が「やりましょうか」と言ってくれた。
しかし引換書をなくしてしまって受け取りができず、随分と長い時間が経ってしまった。
おじいちゃんには何回も「あの時計どうなった?」って聞かれてたのに悪いことしたなぁ。


つい最近の夜の目が冴える時間、掃除をしてたら偶然にも引換書がでてきた。
日付は2018年。6年も前。


昨日、ダメもとで家電量販店に出向いてみた。
「6年も前なので、もう保管期間じゃないですね。」と言われてしまった。
そりゃ、そうですよね、しょうがないですよねぇ、なんてどこか腑に落ちないような返事をした。
しょうがない、しょうがないよ、と呪文のように頭の中で繰り返した。
Teleの包帯をさっそく聴いた。
是非もないやさしさになんだか涙がでた。


今日、知らない番号から電話があった。
「時計、置いてありますよ。」との内容だった。
慣れない職場を定時ぴったりに飛び出した。
引換書を渡した。
「ああ、もう文字もこんなに霞んじゃって…」と、店員さんはどこか懐かしそうに微笑んだ。


「いや、なんだかね、当時、ここで働き始めたばかりの時にね、『絶対直してほしい時計があるんです』って言う女の子が来たんですよ。どうやら、どこのお店にも断られたみたいでね。先輩スタッフには断りなさいと言われたんだけど、なんだか悩んじゃってね。そしたらちょうど、この技能士さんが『やりましょうか』って言ったんですよ。技能士さんがやるって言ってるんだから、って口実もできたことだしなんだかこっちも俄然やる気になっちゃって。メーカー本社にも問い合わせたり結構大がかりになっちゃって、随分修理に時間がかかっちゃったんだよね。数ヶ月後、あの子が時計を取りに来たって聞いたんだけど、引換書を失くしちゃったみたいで引き返してしまったんだよ。引換書くらいどうってことないだろ、と思ってたんだけど、自分はまだ下っ端な身分で判断もおぼつかなかった。そもそも引換書を紛失したんだから、しょうがないって何度も思ったよ。でも、なんでか、自分がここで働く間は責任をもって管理しようかなって、なんとなくだけど、そう思ってた。そしたら、技能士さんが『あの子は必ず来るよ』って言い張ってね、なんの根拠もないのに。でも、自分もそう思えたんですよね。馬鹿みたいにね。そしたら、技能士さんが『昨日、あの子が来たんだ!』と言ってね。はじめはピンときてなかったみたいだけど…6年以上も時間が経ってたなんて思いもしなかったからね。スタッフが『6年前の時計を受け取りにきた子がいた』と言ってたのを聞いたみたいで。それで、今日、私から電話させていただいたんですよ。」


「こちらが、お客様の時計です。
 6年前に修理してから一度も触っていませんので、
 電池切れで秒針は止まっています。
 電池交換、されますか?
 止まっているままでも、
 とても魅力的な物には変わりませんが。」



今度は、引換書は渡されなかった。

秒針は動きはじめた。
手に着けてみた。
ぴったりだった。
随分と時が経ったように思えた。
それだけで涙が溢れた。
それらは、あまりにも、それだけではなかったからだった。



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