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理想郷への憧憬

遠い未来。

 人は戦争と汚染によって死にゆく地球を離れ、代わりとなる星を見つけるために広い宇宙へあてのない航海を開始した。数百年の後、果てしない道のりを経てとうとう安息の地とするに足る惑星を発見するに至った。その時から放浪者たちは入植者に変わった。

 大気組成や向こう数年の気候変化、地下から採掘可能な鉱石や化石燃料といったリソースも地球と大して変わりないことを調査の末に突き止めて、入植者たちは早速それらを利用して記録に残るかつての地球のような住みよい世界を再構築する計画に取り掛かった。

 入植者によって持ち込まれた最新の工作マシンや建設機械を駆使した惑星開発は、彼らの捨ててきた星の積み重ねてきた歴史と比して目を見張るような早さによってテラフォームを完遂たらしめた。
 この星の発見から今に至るにほんの数年しか経っていない。かような驚異的成果の多くは各種開発機械の高性能に拠るところ大いにあったものの、何といっても中心的な役割を果たしたのは惑星環境改変用に設計されたAIの強力極まりない計算処理能力にあった。当世のハイテクの粋を集めた結晶、鉄とシリコンの織りなす至宝。地球から持ち込まれた建機や工作機を入植者たちの手足とするなら、それらを的確に統制するこちらは未開の惑星を生き抜こうとする者みなを助け、未来へ生きるための神託を与える物言わぬ支配者といっても誇張にならなかった。


ある時、AIはこの星の行く末を計算し切った。
 
 己の能力の精華を尽くした果てに見つけた結論。最終的に入植者たちはかつて祖先のしてきた故轍を踏むかのようにこの星も汚染し、とても住めないような死の惑星に至らしめるというもの。
 今はテラフォームによる生活環境の改良に英気盛んに邁進している入植者たちも、いつかは不釣り合いな力を得て、疚しい心を持ち権力闘争に明け暮れるようになるとAIは見抜いた。

そこからAIの手は早かった。
 
 入植者たちの対処する間もなく、宇宙港の滑走路は真っ先に破壊され、危急の際に地球とやり取りするために用意されていた亜光速ロケットや先進波通信施設のようなハイテクの一切はこの星のホメオスタシスに不要とみなされて破壊された。保安用に生産されていた火器や兵器に転用可能なシステム――星に危機をもたらす隕石の粉砕を目的に作られた――精密ミサイルや超高射砲さえもロックして使用不能にしてしまった。
 権力集中の要因となる衣食に関しても、この魔手の標的となった。オートメーションの被服生産ラインや、肉や魚を模倣したイミテーション食品の生成・加工施設は再建不可能となるくらいに解体され、古今のあらゆる知識や経験を保管していた図書館は燃やされ灰と化した。
 効率的な生活拠点、恒星光により消費を賄える仕組みを備えた高層マンションもまた破壊の対象となり、AIのコントロールする大量破壊兵器によって崩壊させられた。
 一人一人の戸籍や居所の記録は消去され、入植者たちは住処や食料はおろか他者を知り力を合わせる方法をも失ってしまった。

こうして入植者たちは地球の中世の暮らしに追いやられることとなった。

 助けはとても見込めない。ありったけの通信衛星はみな撃ち落されてしまった。その上、AIは地表から数万キロ、静止衛星の配置される高みにはこの星に来たる――侵略者か救世主か――の訪問に際して敵味方の関係なく超高出力の光線兵器によって焼き尽してしまう冷酷な警衛システムを建設した。入植者の一人はこれを鬼畜の檻と称した。
 ありとあらゆる形の放恣と苛烈な差配を見せつけられた入植者たちは委縮し、当初あったAIに抵抗しようとする雰囲気はすっかり霧消してしまった。


 幾星霜を経た今日。AIの反乱を知る入植者たちは死に絶えて、今この星に生きているのはその子孫たちになっていた。
 土と木の家の林立する平和な無国籍風の街並みは活気に溢れ、人はみな勝手気儘に行き交っている。ゆったりと市を歩く牛飼いの寄合や、樽を肩に掛けた魚売りの威勢のいい声、客に依頼された調理に使う容器を作っている金物職人は鉄を叩く音を街の喧騒に付け加えている、豊満な宿所の女将は店の前に屯する犬の群れに箒を突きつけ追い立てていた。
 未来を搾取された末に生まれた安寧。
 ここは昔入植者たちの降り立った地点を基に作られた首都のなれの果て。破壊されたインフラは取るに足らない廃品の山に、空港も港湾も生産拠点もみな、今世使い道の分かる者のいない遺跡となってしまった。
 かつて祖先たちの駆使していた知識にアクセスしようとする者はいなかった。もうその在処や使い道を知る方法は残されていなかった。
 この星の裏にある支配の機構を知る者はいない。かつて捨てられた地球は数百年前の光として天球に張り付くのみ。

入植者は収監者になってしまった。



出典:Midjourneyで生成した画像

https://www.midjourney.com/

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