指詰とハラキリと私
わりと痛みに弱い。
歯医者にかかれば、ちょっと削っただけでもあっけなく悲鳴を上げるので、いつも申し訳なく思っていたりする。
子供のころから注射も嫌いで(好きな人はあんまりいないと思うけれど)、予防注射のため病院に向かう道中、親の前から脱走したという前科もある。
昔のように怯えて逃げ出したりはしないけれど、今も注射は針が刺さっているところをまっすぐ見られなかったりする。
そのくせ最近は椎間板ヘルニアの治療で背中に注射ばかり刺されている。
神経ブロックは今年に入って三度打たれた。
背中へ針を刺されるときには「ちくっとしますよー」と先生に言われた先から痛い気がしてくるので、おそらく針が刺さるちょっと前にうめいていると思う。
それにつけて、施術の間に神経がビリっときたかどうかの申告しないといけないのである。
もうすでに針が刺さっているだけで息が詰まるくらい痛い気がするのに、さらに痛いのが来るのかと思うと、想像しただけでもう痛い。
あわれ私は処置台の上で「痛い、痛い、これが痛いの? もうちょっと痛いの? ああ、痛い、痛い、痛い! ひぃっ!」と脂汗を三斗かきながら、息も絶え絶えに、ぶつぶつうめいていた。
半分尻を出した状態で、針を刺され、子供のようにうめく成人男性。想像するだに、滑稽ではある。
あわれ、それだのに、まな板の上のうめく半ケツ成人男性などという珍獣を三度演じてもなお、悲しいかな、坐骨神経痛にはなんら効果はなかった。
「ヘルニャ!」と猫みたいな声で出っ張ってきそうな名前をしていながら、私の椎間板に巣くったこのヘルニア君はなかなか頑強に私の左脚神経を障り続けている。なんとも恨めしい。
「かくなる上は、許しちゃおけねえ、叩き切ってやる!」ということになったわけではないけれど、近々手術ということになった。
その前に詳細に検査をしないといけないそうである。
レントゲンだのMRIだの、セクシー女優が裸足で逃げ出しそうな枚数のスケスケ生写真を撮られた挙句に、加えて腰に造影剤を注入しての撮影が必要とのことである。
模型を前に医師は、この骨と骨の間に針を通して造影剤を入れるのだ説明してくれた。
「へぇ……そうなんでげすか……」と神妙に聞いてはいるが、なんだか見ているだけで痛いような気がして内心は穏やかでない。
さらに検査のあとはしばらく安静が必要なので一泊ではあるが入院しないといけないのだという。
聞いているとどうにも痛そうだなとは思うのだけれど、先生に対して直截に「痛いんですか」とはなかなか聞けない。
そもそも「痛いですよ」と聞いてしまったら、検査の当日までとても穏やかでいられないし、「そんなに痛くないです」と聞かされたところで、本当に痛くないのだろうかと勘繰ってしまうので、結局当日まで穏やかでいられそうもない。
痛いかどうかは検査までのお楽しみ。いや、別に楽しみではないけれど。とにかく聞かぬが仏。
私は何も聞かないまま検査当日を迎えたのだった。
検査に呼ばれた私は入院病棟からストレッチャーで運ばれ、台の上に横に転がされ、ブロック注射よろしくまたしても背中に針を刺された。
例によって「ちくっとしますよー」と言う医師である。
往生際の悪いことに、ちょんと背中に針の感触があるだけで私は「ひぃっ……」と大人げなく小さな悲鳴を上げてしまった。
医師は背中側にいるので表情は見えないのだが、おそらく苦笑していたと思う。
うめく私の気を紛らわそうと先生いわく。
「人間、体の真ん中の方が体の先端より痛みを感じにくいんですよ。ほら、タンスに小指とかぶつけると死ぬほど痛いじゃないですか。だから、背中はわりと痛くないと思います」
針が刺さった間抜けなありさまで、私は「へえ」と感心したり「うぅ……」とうめいていた。
ということは、武士とかが腹を切るより、やくざとかが指を詰める方が痛み的にはつらいものなのだろうか。
そういえば、腹あたり刺されたり撃たれたキャラって、けっこう死に際にしゃべったりするよね。いや、あれはフィクションなんだろうけど。
そうこう考えているうちに造影剤の注射は終わり、あれこれポーズを取らされ、検査は終わったのだった。
ちなみに針が刺さっている間は、そこそこ痛い、というより何か入っている感が落ち着かなかったような気がする。
振り返れば先生のおっしゃるとおり、タンスの角に小指をぶつけたときよりかは痛くなかったとは確かに思う。
ともかく検査は無事に終わった。
おそらく近々、本丸のヘルニア退治手術が始まるものと思われる。
背中に三センチくらい穴をあけて、骨を割って、一時間くらいで済むが云々。壁裏の配線工事のように先生は、そつなく説明してくださったのだった。
もちろん麻酔を使うと思うので痛くはないのだろうが、模型をつかったあの配線工事のような説明を思い出すにつけ、やっぱり痛そうだなあと思ってしまう。
切腹のほうが、やくざのけじめや、タンスに小指をぶつけるよりもはるかに痛くないのだから、背中に三センチ穴が開いて、背骨をぱっくり割るくらいどうってこともない、とはなかなか思えない私である。
明日もまた通院がある。おそらく大量に撮ったスケスケ生写真を見ながら、手術の話をされるだろう。
おそらく今回も手術が終わるまで先生に痛いかどうかは聞けない私なのであろう。やっぱり聞いてしまうと、始まる前から痛いような気がしてくるから。聞かぬが仏。知らぬが花。
私はわりと痛みに弱い。
痛みの想像にも、けっこう弱い。