1巡でQBを指名すると、現先発QBが発奮する?〜仕事の不安定性とパフォーマンスの関係【NFLリサーチ紹介#5】
1. NFL選手は追い込まれるとやる気を出す?
「背水の陣」「窮鼠猫を噛む」「火事場の馬鹿力」…
それぞれの意味は少し違いますが、「追い詰められると力を発揮する」と言う意味の言葉って多いですよね。英語でもHysterical Strengthって言葉があります。
NFLでも、「元々即戦力として期待されて獲得されたわけではないが、スターティングQBの怪我/不調などで先発のチャンスが回ってきて、少ない機会をを活かした」というエピソードは多いように思います。Tom Brady(6巡199位)はあまりに有名ですが、他に現役の選手でもDak Prescott(4巡135位)などがそうですし、タイムリーな話だと2022年のMr. IrrelevantのBrock Purdy(7巡262位)の活躍は目覚ましかったですね。またNick FolesやTaylor Heinickeなど、本当に少ないプレーオフの機会で輝きを見せ、先発QBの座や大きな契約を(一時的にでも)掴み取る選手もいます。
このような選手を語る際、「首が危ないから必死にプレーした」「下位指名のハングリー精神」という評論は多く目につくように思います。言い換えると
「仕事の安定性(Job security)が低い方がパフォーマンスが上がる」
という仮説がある程度受け入れられているとも言えますが、これって正しいのでしょうか?
2. 今日の論文: QBが1巡指名され、後がなくなった先発QBはどうなる?
この仮説を調べるには、Job securityが下がった場合にパフォーマンスがどう変わるかを追えば分かります。そこで今回の論文の筆者は、
「チームが1巡でQBを指名した次の年に、それまでの先発の成績は上がるか、下がるか(新QB指名でJob Securityが下がったことがどう影響するか)」
というデータを調べました。2023年の最新の論文ですが、筆者はGBがJordan Loveを指名した直後にAaron RodgersがMVPを獲ったのを見てアイデアを思いついたそうです。
チームがドラフト1巡でQBを指名するというのは、前年までの先発QBにとっては大きな危機です。2022シーズンのPITのように「それまでの先発が引退/リリース→ドラフトでQB指名」というパターンもありますが、「それまでのQBを残しつつ1巡で新たなQBを指名」という例もほぼ毎年あります。
例)
KC: 2017年、1巡11位でPatrick Mahomesを指名(当時の先発Alex Smith)
BAL: 2018年、1巡32位でLamar Jacksonを指名(当時の先発Joe Flacco)
NYG: 2019年、1巡6位でDaniel Jonesを指名(当時の先発Eli Manning)
GB: 2020年、1巡26位でJordan Loveを指名(当時の先発Aaron Rodgers)
SF: 2021年、1巡3位でTrey Lance指名(当時の先発Jimmy Garoppolo)
この場合、それまでの先発は少しでも成績が下がる/怪我をすると、すぐに1巡QBと先発を交代しろという声が大きくなります。仕事的に言うと、Job Securityが大きく下がることになります。この場合に、背水の陣で結果を出すことが多いのか、プレッシャーに押しつぶされてダメになるのか、それとも関係ないのか…に着目したわけですね。
3. 結果
3.1. QB1巡指名の後、現先発の成績はほぼ変わらない
結果として、1970年から2021年までの122人のQB1巡指名について調べても、有意に現先発QBのパフォーマンスが上がるというデータは得られませんでした。
NFLのプレイスタイルの違いも考慮して年代別でも統計を取っていますが、その場合でも統計学的に有意な差が出ることは稀なようです。例えば、2010-2021の間ではQB1巡指名後のQBのパスヤードが伸びることが示されましたが、成績の上がり具合は1試合あたりでたった+7.0ヤード、誤差程度に思えます。
特に2021年シーズン終了後に「ロジャースがMVPを獲れたのはラブを指名したからだ」という意見はあちこちで見られましたが、2020年のロジャースの成績はパサーレーティングが30以上前年に比べて上昇しています。筆者は今回のデータを元に、ラブの指名だけでそこまでの大きな影響があったとは考えにくいと結論づけています。
3.2. 契約最終年/契約更新年かどうかも、大きく変わらない
上記の結果が満足行かなかったのもあってか、筆者はチームの1巡指名以外に、そのQBが
「契約最終年(Job securityが低い)だと成績が上がる」
「契約更新直後(Job securityが高い)だと成績が落ちる」
という2つの仮説も検証しています。
しかし、「契約最終年のパフォーマンスがわずかに上がる」ことは一応データとして得られたものの、むしろ契約更新直後もパフォーマンスが上がっていました(これはMLBでもそうらしい)。ちなみに、実は経済学の研究で「仕事の安定性とパフォーマンスはU字型グラフの関係にある(非常に安定 or 非常に不安定だとパフォーマンスが高くなる)」という研究があるらしく、それと合致していると筆者は言っています。
3.3. それぞれのQBを見てみると…
【チームの1巡QB指名でパフォーマンスが上がった人の例】
Ken Anderson (1979), Joe Ferguson (1983), Neil Lomax (1987), Chris Chandler (2001), Drew Brees (2004), Alex Smith (2017), Aaron Rodgers (2020)
【チームの1巡QB指名でパフォーマンスが下がった人の例】
Joe Namath (1976), Fran Tarkenton (1977), Jim Hart (1977), Richard Todd (1983), Jay Schroeder (1991), Boomer Esiason (1992), Brett Favre (2005), Jake Plummer (2006)
【チームの1巡QB指名でパフォーマンスが変わらなかった人の例】
Terry Bradshaw (1980), Steve Grogan (1983), Eric Hipple (1986), Steve Young (1997), Drew Bledsoe (2004), Joe Flacco (2018), and Jimmy Garoppolo (2021)
と、見事にバラバラですね。個人差が大きいです。ガロポロさんが変わらない、というのだけは納得です(ランスのメンター喜んでやってたし)。
4. 結論: QBは基本、常に全力プレーしている
結果に有意な差が出なかったことについて、筆者は次のように考察しています。
後任QB指名や契約延長などでJob Securityが下がっても上がっても、NFLのQBのパフォーマンスは有意には変わらない。契約状況、チーム状況と関係なくQBは基本的に常に全力でプレーしている。
NFLのQBの場合、1つのチームからリリースされてもすぐに他のチームと契約できるため、「あるチームの先発QBの座が奪われる」ことの影響は小さい。
以下は私の意見ですが、QBを1巡指名したといっても色々なケースがあり、一括りにすることは難しいですよね。Rodgersのように「契約が複数年残っているのにトレードアップしてQBを指名する」という実際にメンタルに影響しそうなケースもあれば、Eli Manningのように「既にキャリア晩年で、契約更新交渉もしていない状況でQB指名」という自然なケースもあります。また、前者のケースでもGaroppoloのようにメンターとしての役割を受け入れるパターンもあります。「QBを1巡指名」と一概に括れないですし、仮に影響があるとしても、それぞれのQBの性格やチーム状況にもよるように思います。平均した時に影響がないという結果が出たのは驚きません。
来週に迫った2023年ドラフトでは、多数のQBの1巡(しかも上位)指名が予想されています。シーズンが始まったら気になるのは彼らの新人年からの活躍でしょうし、彼らが早く先発の座を勝ち取って欲しいと思う気持ちもあると思いますが、「Job Securityが下がった昨年までの先発QB達のパフォーマンスは上がるのか?下がるのか?」にも、良かったら注目してみてください。
長文の記事、お読みいただきありがとうございました。
4. 余談
"In the 2020 National Football League (NFL) draft, the Green Bay Packers traded up to select quarterback Jordan Love with the 26th pick.(2020年ドラフトで、グリーンベイパッカーズはトレードアップしてQB Jordan Loveを26位で指名した)"っていう書き出しでこの論文はスタートします。
QBのパフォーマンスに影響を与える要素を調べた副産物で、「良いWRがいるとパス成功率とTDパス数が上がる」というデータが出ています。当たり前に聞こえますが大事ですね。
Lamarにオールプロ級、せめてプロボウル級のWR1を与えてほしい…今回の論文はスポーツアナリティクスとかではなく、経済学系の論文誌に載っています。ということは、もし「Job securityが下がった際のパフォーマンスが上がる」という結果が出てたら、「一般企業でも従業員にクビをちらつかせてプレッシャーをかけるべき」的な結論になりかねなかったわけですね…良かった。
論文の著者はJoshua PittsさんとBrent Evansさんというジョージア州の大学に所属されている2人で、NFL論文界隈
(他にいるのか...?)的にはよく目にする名前です。この2人の共著で「DCとHCがチームのディフェンスの成績に与える影響」「各チームのスキルポジションのドラフトの上手さ」みたいな論文がほぼ毎年出ています。パスを取るのが上手そうな苗字ですが、おそらく無関係です。