見出し画像

NFLで治安が良くなる? –試合当日の犯罪件数の変化を追う【NFLリサーチ紹介#4】

久々にリサーチ紹介です。前回(半年前ですが)は「NFL選手の逮捕率」についての研究を紹介したので、その関連で今回は「NFLの試合日の一般の犯罪率の変化」について久々に記事を書いてみます。
サッカーW杯とかオリンピックの度に「スポーツの力はすごい」「日本中に勇気を与えた」みたいな言葉をよく聞きますが、スポーツの試合というエンターテイメントが社会に与える影響は本当にあるのか?というのを、犯罪発生件数に着目してNFLを使って検証した研究を紹介します。

1. NFLがないと、暇になって犯罪に走る?

これはBALのレジェンドMLB、Ray Lewisが2011年のインタビューで残した発言です。「NFLのシーズンがなかったら、(皆やることがなくて)犯罪が増加するよ」と言うことを言っています。

おそらく何気ない発言なのですが、実は意外と深い問題提起です。というのも、「気が紛れる別のアクティビティがあれば突発的な犯罪は少なくなる (crime substitution)」と言う研究結果が知られていて、テレビゲームなどでその効果が示されています。

「NFL観戦(広く言うとスポーツ観戦)は"犯罪の代わりのアクティビティ"になり得る」

という仮説になるわけですが、皆さんはどう思うでしょうか?

2. 今日の論文: シカゴで実際に調べてみた

"Do this research"とまで言われたら、実際に調べたくなるのが研究者です。
今回紹介するのは、実際にこのRay Lewisの仮説をテストした筆者らによる研究で、論文が2019年にJournal of Sports Economicsに掲載されました。

タイトル:Entertainment as Crime Prevention: Evidence From Chicago Sports Games  (シカゴのスポーツ試合が裏付けるエンターテイメントの犯罪抑制効果)
著者:Ryan Copus, and Hannah Laqueur (カリフォルニア大学デービス校)
URL:

Journal of Sports Economics

3. 研究結果

今回の主役はシカゴ•ベアーズ。2001年から2013年のシカゴの警察の通報データ(多そう)を元に、日曜/月曜にベアーズの試合がある日+スーパーボウルの日(計200試合以上)において、NFLの試合がある日の犯罪の通報率が普段と比べてどう変わるかを調べました。
似た研究はいくつかある(後述)一方で、この研究はホームゲーム(シカゴ開催)に限らないのが特徴的です。テレビの放映による影響を調べたかったと言う理由です。

3.1. 地元チームの試合中、犯罪は減る

検証の結果、ベアーズの試合日は有意にシカゴの犯罪の通報が減る=犯罪率が低下することが分かりました。
特に時間別のグラフにすると、次図のように試合開始にかけて分かりやすく通報が減少しているのが分かります。犯罪の種類によらず減っているのが特徴的です。

ベアーズ出場のMNF時の通報率の変化 (https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1527002518762551 より)

3.2. 試合の視聴率が高いほど犯罪が減る

これは自然な気がしますが、視聴率が高い試合ほど犯罪抑制効果が高いです。

ベアーズの日曜のゲーム: –3% 
ベアーズ出場のマンデーナイト:  –13%
スーパーボウル: –26%

通常の2月の日曜日とスーパーボウルの比較。やはり試合中はTVに釘付けで犯罪どころではない? (https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1527002518762551 より)

ただし、スーパーボウルの場合は通常の試合と異なり「試合後に暴力系の犯罪が一時的に増える」と言う傾向があるそうです。これは、他の試合と異なりスーパーボウルは集団で集まって見るため、試合後に飲酒した人が街を出歩く故の特異な影響が出るのだろうと筆者は分析しています。

3.2. 勝った試合の方が犯罪が減る

さらに、MNFの試合ではベアーズが勝った試合の方が犯罪減少効果が有意に高いことが分かりました (勝ち: –17%, 負け: –6%)。これは後述する他の研究ともマッチする結果です。

ただし、筆者ら(おそらくベアーズファン)はこう付け加えています。
"The Bears were fairly successful on Monday nights in the last decade, so our sample size of games in which the Bears lost is only seven.
(過去10年、ベアーズはマンデーナイトで好成績で7回しか負けていないため、このサンプルサイズは小さすぎるかもしれない)"
"The difference between winning and losing games may also be due in part to the fact that a good team will draw more viewers and is also more likely to win.
(良いチームほど視聴者が多く、勝ちやすいと言う効果のために差が出ているだけかもしれない)"

…こんな風に論文で謙遜風に自慢する人は初めて見ました。データ取った期間は何回も地区優勝してますからね。最近のデータも入れて欲しいですね。

この日の犯罪は増えてそう

3.4. 他のスポーツでも同様の犯罪抑制効果がある

また、比較のために筆者らは他のスポーツでも検証しています。シカゴを本拠地とするMLBチーム(Cubs, White Sox)、NBAチーム(Bulls)のプレーオフでも調べたところ、NFLほどではないものの同様の通報の減少が見られました。
(* 試合数が多いこれらのスポーツではレギュラーシーズンの試合の視聴率が低く、参考にならないためプレーオフのデータを使うとのこと)

意外なことに、MLBのワールドシリーズやNBAファイナルでは、期待していたほどの効果はありませんでした(それぞれ–2%, –3%)。ただし、これは試合の開催時期の問題や、スーパーボウルは皆見るが、他スポーツの決勝戦は地元チームが出ていないと見ない人も多い可能性もあるという指摘がされています。

3.5. 結論:Ray Lewisの仮説は正しい

筆者は、犯罪減少効果の要因はRay Lewisの仮説通り、「犯罪を犯す可能性のある人(potential offender)がテレビを見ていることで犯罪から離れるため」だと主張しています。筆者は他の可能性も考慮していますが、次の根拠から否定することができ、犯罪者由来が最も可能性が高いという結論です。

説1: 被害者になる人が出歩かず犯罪の機会が減少する(被害者が試合を観ている説)
→ (筆者) 人を対象としない空き巣など(Property)も減っていることが説明つかない

説2: 犯罪が減少しているのではなく、通報が減少している(通報する人が試合を観ている説)
→ (筆者) 暴力事件は流石に通報するはず。減っているのが説明つかない。空き巣などは説明がつくが、それなら試合後に通報が増えるはず。

説3: 犯罪を取り締まる側の注意が低下している(警察が試合を観ている説)
→ 
(筆者) 犯罪の種類によらず抑制されているのが説明つかない。多くの犯罪では通報するのは被害者。

4. 余談:「NFLの試合で犯罪が増える」と言う研究もある

実は「大規模スポーツイベントがあった時に犯罪リスクなどがどう変わるか」というのは経済学•心理学•地理学などの様々な観点から研究されている注目度の高いトピックです。NFLに限らず、他のスポーツや、カレッジフットボールでの研究もあります。
中には「NFLの試合によって犯罪率が上がると言う研究結果もあるので(今回の論文とは矛盾しない形ですが)、これも軽く紹介します。

4.1. 「格下に負ける(Upset Loss)とDVが増える」 (Card and Dahl, 2011)

地元チームがupset loss(勝利予想されていながら負ける)を起こすと、男性から女性(配偶者/交際相手)への家庭内暴力(DV)が10%増える、と言う研究結果があります。なぜこれを調べようと思ったんだろう…とか考え出すと闇が深い。

タイムリーな話だと、サッカーW杯でドイツが日本に負けてテレビ破壊した人が話題でしたね(フェイクって話もありますが)。「テレビを壊した人の家族は1週間ホテルに泊まると出ていった」って書かれてましたが、この研究を知ってた自分はあまり笑えませんでした。僕もこの前NOがPITに負けた日はとにかく物を壊したくなったので共感です。

4.2. 「NFL当日、金銭目的の犯罪は増える。ただしプレーオフでは減る」 (Kalist and Lee, 2014)

2004-2006の期間、NFLチームがある8都市(Baltimore, Detroit, Miami, Newark, New Orleans, Philadelphia, St. Louis, Washington DC)の犯罪を調べたところ、ホームゲームの開催によって犯罪が逆に2.6%増加したと言う研究です。特に多いのは窃盗(+4.1%)と自動車の盗難(6.7%)などの金銭目的の犯罪でした。

この結果はメインの論文の結論(NFLの試合日に犯罪が減る)とは一見矛盾するようですが、都市の規模の違いが指摘されています。ここで使われている8都市はシカゴのような大都市と比べると人口が少なく、スタジアム観戦者の割合が高いため、現地での犯罪増加の寄与が大きいのだろうとのこと。
 例)ニューオーリンズ:人口38万人、スタジアム収容人数75000人
   シカゴ:人口270万人、スタジアム収容人数62000人

それを裏付けるように、全部の試合で増えるわけではなく、プレーオフでは逆に金銭目的の犯罪すら減る(–8.6%)そうです。「普段はスタジアムで盗みを働く人も、プレーオフは邪魔せずに観戦する」と書かれててなかなか面白い。これはメインの論文の内容とも一致しますね。

プレーオフは真剣に見すぎて犯罪どころではない、という例

4.3. 「スタジアム周辺での犯罪は増えるが、街全体では変わらない」 (Billings and Depken, 2012)

パンサーズの本拠地のシャーロット(ノースキャロライナ州)において、NFLまたはカレッジの試合開催日、街全体の犯罪は増えないがスタジアムから1マイル以内の地域での犯罪が増えるという研究です。

特に金銭目的の犯罪を目的とした人が、試合がある日はスタジアム周辺に集まり、逆にそれ以外の部分では治安が良くなるいうことですね。
4.2.の研究の補足にもなっていて、メインの論文の結論も支持します。

辛そうなパンサーズファン

5. まとめ

  • NFLによる犯罪抑制効果は他のスポーツと比べても特に高い

  • シカゴなど大きい街(テレビで見る人が大部分)の方が効果は大きい
    (スタジアムでの犯罪増加効果を打ち消せるため)

  • 試合の視聴率が高ければ犯罪は減り、勝てば犯罪は減る

  • その結果プレーオフやスーパーボウルに出れば、抑制効果はさらに高まる

  • シカゴの治安は、Justin Fieldsの両足右肩にかかっている

個人的には非常に応援してる選手です

6. 出典

  1. Copus, R. Laqueur, H. "Entertainment as Crime Prevention: Evidence From Chicago Sports Games." Journal of Sports Economics, 2019, 20, 344-370. https://doi.org/10.1177/1527002518762551

  2. Card, D.; Dahl, G. B., "Family Violence and Football: The Effect of Unexpected Emotional Cues on Violent Behavior" The Quarterly Journal of Economics, 2011, 126,103–143. https://doi.org/10.1093/qje/qjr001

  3. Kalist, D. E.; Lee, D. Y. "The National Football League Does Crime Increase on Game Day?" Journal of Sports Economics. 2016, 17, 863-882. https://doi.org/10.1177/1527002514554953

  4. Billings, S. B.; Depken, C. A., II. "Sport events and criminal activity: A spatial analysis. In J. R. Todd (Ed.), Violence and aggression in sporting contests", pp. 175–187. 2012. New York, NY: Springer. https://ideas.repec.org/h/spr/semchp/978-1-4419-6630-8_11.html


いいなと思ったら応援しよう!