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鞍馬参詣のお供に。おあげがじゅわっと美味しい万里小路 中村屋の助六弁当(1)

8月上旬、連日30度超えのなかで京都へ訪れた。

今回の京都行の目的のひとつが鞍馬寺参詣だ。以前にも訪れようと計画したことはあったが、行こうと思ったタイミングで台風にぶつかり、叡山電鉄が大きな被害を受けた。その復旧後はなかなか鞍馬山までを往復できる日程が取れず、ずるずると今になったというわけだ。なおこの文章は敬愛する小説家、森見登美彦氏の文体に、かすかに、かすか~に、気持ち寄せつつ綴っていくのを許していただきたい。

さて、満を持しての鞍馬寺だ。
だからこそロープウェイは使わない。徒歩でお寺まで登り、そのまま貴船の方へ抜けて川床で涼んで帰って来よう、というのが今回の狙いで、実質ハイキングのようなものである。

山でハイキングといえば楽しみは山頂で食べるお弁当に決まっている。
そこで私は今回心躍る計画を立てていた。以前何の気なしに買って食し、その美味しさに何故もっとありがたがって食べなかったのかと後悔しきりだった万里小路 中村屋の助六弁当に、遠足弁当として白羽の矢を立てたのである。

助六弁当とは歌舞伎の「助六由縁江戸桜」に由来し、いなり寿司と海苔巻きが詰め合わせになった弁当のことを言う。どう由来するといなり寿司と海苔巻が詰め合わせになるのか、という詳細は各自で調べてみて欲しい。   
 万里小路 中村屋の場合、1人半折ではいなり寿司が3個に海苔巻が9巻。正直なところをいえばいなり寿司が6個入っている1人半折を頼みたい気持ちでいっぱいだが、こういう時に欲を出すとろくなことにならないのをこれまでに身をもって知っている。

 かの店は前日までの電話注文が必要だ。京都へ向かう高速バスがサービスエリアに入ると、私は意気揚々と電話を掛けた。

「ご注文は」
「助六弁当を1人半……いえ、1人折で」

うっかり欲望が口からまろび出るのを強靭な意志の力でぐっとこらえ、無事に注文は完了したのだった。

 
さて、お山の上で助六弁当を堪能するべく、当日も私は周到に準備をした。なにせ30度超えの炎天下である。そんな日にハイキングに行こうだなんていうのは愚か者の所業だと我が母なら言うところだが、楽し気なことを思いついたらやってみないことにはおれない、そのように生まれついてしまったのだからそこは仕方がない。

暑気にあてられぬよう日傘を備え、コンビニエンスストアで凍らせた緑茶のボトルを1本買った。
 これは弁当と一緒に手提げに入れておけば保冷剤となり、いざお山の上にたどり着いた暁には喉を潤す至福の一杯となる。さらに道中の水分補給用にと水も1本。準備は万端、いざ鞍馬寺へ。万里小路 中村屋の最寄りでもあり叡山電鉄の始発でもある叡山 出町柳駅から、私は意気軒昂に電車へ飛び乗った。

 となればあとは楽しいハイキングの風景が描写されると思ったろう。
私もそう思っていた。もちろんそれは間違いだった。何故ロープウェイを使わない、などと決意をしてしまったのか。普段机に張り付いてばかりでiPhoneヘルスケアに表示される歩数合計が1日300歩に満たない日もあるというのに、いきなりハイキングとは暴挙ではなかったか。嘆いてもはじまらない。なにせ、ハイキングは始まってしまったのだ。つらくとも前にも後ろにも階段や坂道やでこぼこ道が続くばかり、しんどい思いを耐えて途中まででも上ったならば、引き返すのも惜しくなる。

 木々で日陰もあるとはいえ、気温は30度を超えている。山の上の方はちょっとは涼しいんじゃないか、なんて期待はすぐに裏切られた。保冷材はしっかり弁当を冷やしてくれていたが、あまりにしっかりと冷えすぎていてなかなか溶けない。持ってきた水はとうに飲み干し、あとは茶が溶けてくれなければどれだけ喉が渇いても飲むものがない。私は火照る額や首筋に半ば凍ったペットボトルを押し付けつつ歩いた。弁当を冷やし、熱された肌を冷やし、にもかかわらずお~いお茶のペットボトルはちびちびとしか溶けてくれない。お~い、溶けてくれよう。泣き言のひとつも言いたくなる。

重たい体を一歩一歩持ち上げるように進んでいくと、ようやく赤い塗装の柱や飾り縁が見えてきた。鞍馬寺まであと少しだ。そう思うとなんだか元気が出てきて、えいえいえいと階段を急ぐ。階段の途切れた先には小さな広場と駐車場があり、いくつかの赤い小さなベンチがあった。私は小さな達成感を胸にベンチへかけより、腰かけて荷の中から弁当を取り出した。

歌舞伎の助六の絵が描かれた包みを開けて、薄い木の蓋を開ける。目の前には赤い木柵の向こうに山の木々と青空が広がって、なんともいい気分だ。

いなり寿司をひとつ摘まんで口に押し込む。じゅわっと出汁の甘さと旨みが広がる。中村屋のお揚げは味が濃くて旨みがぎゅっと詰まっている。疲れ切った体に旨みと塩気が染みるが、けして「しょっぱい」ではない。
ただただ、旨い。1年以上待ち焦がれていた味だ。旨い。旨いという言葉以外にもうでてこない。関東では食べられない凝縮された甘さと旨さの出汁。

続いて巻物だ。キュウリと沢庵、どちらもさっぱり旨くて、蒸し暑い中でもすっきりと食べられる。シャリが軽くて爽やかだ。

見よ、これが中村屋の至福の助六弁当である

いなり、巻物、巻物巻物いなり。

日向に置いたペットボトルの中で、ようやくお~いお茶も液体と化していく。いなりと巻物の合間にお~いお茶を喉の中にお~いお~いと流し込んでいく。景色からすればヤッホーとでも言いたいところだが、ヤッホーお茶、なんて語呂が悪すぎるから許されない。

(続)





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