良い日の最後が脳出血2

 血圧をガンガン下げてもらっている最中に、胸の下あたりで細かく手を振りながら近づいてきた黒髪ボブヘア女性から、もう一度「脳に小さな出血があった」と説明があり、どんな具合か聞かれ、軽く指を握って励まされた。この人が担当医師らしい、と後にわかった。

 若い看護師たちの若者らしい会話を聞きながら、ぼんやりと仕事のことや親やきょうだいのことを考えた。師匠の重大事に、私の方が重大なことになってしまって、足を引っ張る申し訳なさで、まあまあの涙が出た。母と初めて飛行機に乗るような旅行が決まっていたのに、飛行機も宿もレンタカーもキャンセルしないといけないな。母の生まれ島に、私は初めて、母は55年ぶりに行くはすの旅だった。旅行なんてしたことのない母はすごく楽しみにしていたのに。まあまあの涙が、まあまあ出た。

 夜中の3時前に、再度CTを撮った。血圧はこの時間でだいぶ下がったらしかった。CTの結果は狙い通りだったらしく、病室に移ってよいと言われた。退勤のめどがたった看護師が「帰っていい?」と元気な声で皆に言った。ピリピリしていたもうひとりの女性看護師も、安堵した様子でたくさん話しかけてきた。みんな大変な仕事をがんばっていてすごいな、えらいな、お給料たくさんもらってほしいと思った。

 看護師たちがベッドのまま移動するか車椅子で行くかと話していると、さっきのボブ医師がやってきて私に「なんか、歩けそうよね?」と明るく聞くので「歩けます」と即答すると、看護師たちが一瞬たじろいだ。ボブ医師は「さっき歩いているの、見ちゃったんだよねえ」と看護師たちに言い、リハビリにもなるから、と付け加えて説得に成功した。ピリピリしていた方の看護師が「確かにウォークインで外来に来ましたし、大丈夫ですね」と言った。救急車でなく、自力で来る行為をウォークインって言うんだ、と思った。ボブ医師が去ったあと、看護師たちは車椅子を持ってきて私を座らせた。現場判断って大事よね。頼もしい女の人たちだと思った。

 内科のベッドが空いていないため、一時的に整形外科病棟にいさせてもらうことになった。夜中4時前後に、病院の暗い廊下を車椅子で進んだ。静かで気味が悪かった。ナースステーションで出迎えてくれた看護師2人が「ベッドで来ると思ったー、すごーい」と小さく拍手してくれた。歩いて来れていればもっと喜ばせられた。

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