「Memory Shop」 第二章
Memory Shopを知ったのは、会社での退屈な日々にうんざりしていた時のことだった。私の人生には刺激がなく、特別な体験も、心に残る思い出もほとんど欠けていた。だからこそ、他人の記憶を買って追体験できるというこのサービスに興味を引かれた。
カウンターに座り、記憶の一覧を渡される。「失恋」「挫折」「恋人の自殺」と、誰かの苦しみや失敗の断片が、無機質な文字で並んでいる。私はその中から、失恋と挫折の記憶を選び、カプセルへと案内された。
冷たい金属のベルトが私の額と手首を固定する。薄暗い照明の下、担当者がスイッチを押した。
目を閉じた瞬間、記憶の持ち主の感情が一気に流れ込んできた。
視界がぼやけ、気が付くと私は街中に立っていた。目の前にいるのは、‘僕’の恋人だ。彼女が小さく息をつき、沈んだ顔で僕に別れを告げている。
「あなたはいつも同じ失敗を繰り返すから、もう一緒にはいられない」という言葉が、冷たい刃のように胸に突き刺さる。
心臓が締め付けられるように痛む。
「どうして」と呟こうとするが、言葉が詰まり、それ以上何も言えない。
私は、この’僕’の感情に囚われ、ただその苦しみと無力感が重くのしかかってくるのを感じていた。
気がつくと、‘僕’は職場で上司に叱られている。同じミスを繰り返し、上司に見下ろされる彼の表情が映る。その時、私の中に苦しいほどの自己嫌悪が湧き起こり、まるで自分自身が叱られているかのように感じる。頭の中で彼の後悔と失敗が、私の心に染み込んでいった。
ふと気が付くと、その記憶から抜け出したはずなのに、私は日常の些細な場面で彼の影を感じるようになっていた。ある時は友人と話している最中、唐突に彼の別れの瞬間が脳裏をかすめ、胸が痛む。またある時は、職場での失敗に苛まれ、まるで自分が何度も同じ失敗を繰り返しているような気がする。
そしてある日、ぼんやりと鏡を見つめていると、鏡の中の自分が‘僕’の顔をしているように感じた。その顔は、悲しみと苦しみに押しつぶされそうな表情をしていた。
私は戸惑いを覚えた。私の記憶には、こんな感情はなかったはずだ。なぜ自分が、彼の痛みを抱え込んでいるのかも分からない。それでも、その感覚は私から離れようとせず、ますます強く存在感を増していく。
私はどうしても‘僕’の記憶から抜け出せず、ついにMemory Shopを再び訪れることにした。