卵を落としたときとかに僕をダメにしないから
わけもなくメルカリで薙刀を買いたい。
持ち手に使用感があり色が落ちております。色はくすんでいますがもともとこのような色です。写真だと鮮やかに見えますが実物はくすんでおります。などと当人が気にしていることが露わになっている注意書きがされているものを買いたい。
そこを突いてさらに安くしたい。
「色はどれぐらいくすんでいるんですか?くすんでないものとちょっと検討中です」
とか言って相手が気にしてるところに言及して揺さぶりにかける。
結果100円でも安くなればいい。金額の大小じゃない、小さな勝負事に勝ったという自信が、いつかどこかで卵を落として落ち込んだときとかに支えになる。
届いたらそれを持って電車に乗りたい。グレーのジップアップパーカーにワンウォッシュのストレートデニムにコンバースハイカット白に薙刀で電車に乗りたい。
最寄り駅で乗り込むときから堂々と仁王立ち気味で立ってみる。ターミナル駅で乗り降りが激しいときも、川のなかの岩のような気持ちで動かないでいたい。乗客のなかでいちばん強いはずなのにターミナル駅では怯んでしまったという自信の無さが、どこかで卵を落としたときとかに僕をすごくダメにするから。
そして永田町で降りる。
各省庁を、薙刀を運ぶようにしかし構えてるように歩く。怪しいと言えば怪しいのだが、周囲を警戒している警察官たちが疑いをかけるには服装がカジュアルすぎる。警官たちもそう思っているようで、何かの練習なのかなみたいな眼差しに瞳を切り替えて消極的にサボりに入っている。それだけのものがこの服にはある。
国会議事堂前に着いたなら国会議事堂を背にして薙刀をエイヤと振るう。これ以上の痛快がありますでしょうか?
誰にも止められず、長い刃物を振るっているのです。
勝訴の紙を持つ人より先に敗訴の紙を持って走り回る被告人のような痛快がそこにはあります。
いつしか夕方になり地元に戻り帰ります。帰りの電車では、すみませんねこんな大荷物持ち込んでしまってみたいな顔をして先頭車両で薙刀を胸に抱いて、たまに愛おしい恋人みたいに木と刃の境目を指の腹と指の甲で撫でたくったりして大人しくしてます。
家に帰れば、色のくすみ関係をコピペしたうえで「この国の政治を切った薙刀です」を文に加え、買った時より101円高い金額で出品するのです。それが落札されたなら、その実績がいつか卵を落としたときに僕をダメにしないから。