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幻燈

馴染みのある「夏の夕暮れ」が訪れた。
日暮れ前に降った雨は、まさに「夕立」と呼べる降り方だった。
台風だのゲリラ豪雨だの、異常気象が身近に頻発する所為でどんな天気にも敏感になっている現代人にとっては、心が休まらないだろうが。

慈雨に濡れた街並みはいつもよりも綺麗に見えた。
雨粒が滴る家の外壁が西日に照らされてキラキラしていた。
駐車場にできた水たまりが遠くの山々を逆さに映している。
時折、涼しい風がまだ残っている湿り気の含む熱気を拭い去る。
そして、陽は傾き山に隠れ始めていた。

夏の空は高い。

雲の輪郭が好きだった。
輪郭と呼べるかどうか位の、どこからが雲でどこまでが空なのか、はっきりしない境界線が好きだった。
見上げる度に水彩画になったり綿あめになっていた。
雲は威勢よく、夕陽に向かって進んでいた。

山際の空が静かに燃え始めていた。
ゆっくり、ゆっくりと、あかと紺碧が溶けあっていく。
そこに見えない世界が目に映る。
或る人は言った、「空想も現実」と。

対して頭上の空は相変わらずの空色をしていた。
でも、昼間よりは優しかった。
透き通るようなラムネ色。
ラムネが空の色を模したのだろうけど。

陽が傾く。
花火大会のクライマックスのように雲が真っ赤に燃える。
ドライアイスのように、冷たい熱をはらみながら。

終わり良ければ総て良し。
何だかんだ良い一日だったな、と錯覚させる。
暑すぎて汗をかいたことも、灼熱の日差しに焼けそうになりながら過ごしたことも、全部あなたの所為なのに。
全てを美化して去っていく。
「お疲れさん、まあ無理しなさんな。」
労われているようで突き放されているような感覚。
どうでもいいように姿を隠す。

陽が沈む。
空が闇に染まり始めた。
散り際の線香花火のような、哀愁を残しながら。


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