雑記:刑法改正のあれこれ
おもいつくままに書く雑記です。
こういうのを書くと、全体の方針がブレるので営業戦略上はマイナスなのですが、たまにはいいかもしれません。
先日の国会で、刑法改正案が可決されました。
そのなかで、懲役刑と禁錮刑を統合して拘禁刑に一元化する、という改正があります。
第208回閣法第57号
刑法等の一部を改正する法律案
第2条 刑法の一部を次のように改正する。
第9条中「、懲役、禁錮」を「、拘禁刑」に改める。
これが、かなり大掛かりな改正であり、世の法律中の「懲役」の文言を一つ一つ「拘禁刑」に書き換えるものになります。
(他にも、刑事収容施設法に「被害者等の心情等の考慮」や「社会復帰支援」の条項が入ったりという改正も同時にされています。)
この書き換えについては、
第208回閣法第58号
刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案にて、多くの法律を改正していますので、今回は、その様子をみてみます。
1.刑法改正の流れ
刑法 (明治13年太政官布告第36号)(旧刑法)
旧刑法では、罪は、重罪・軽罪・違警罪の3種に分けられ、それぞれに対して刑が定められていました。
重罪に対しては(7条)、死刑、無期徒刑、有期徒刑、無期流刑、有期流刑、重懲役、軽懲役、重禁獄、軽禁獄が定められ、軽罪に対しては(8条)、重禁錮、軽禁錮、罰金が定められ、違警罪に対しては(9条)、拘留、科料が定められました。
刑法 (明治40年法律第45号)(現刑法制定時)
現刑法制定時には、刑の種類を旧刑法よりもシンプルなものに変更しました。
ここで刑の種類として定められたのは、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料です。
さて、この現刑法制定時に、それ以前の法令の文言はどうなったかといえば、これが改正されなかったのです。
刑法施行法にて読み替え規定を作り、これをもって、以前の法令に対して対応しました。
刑法施行法 (明治41年法律第29号)
第2条 刑法施行前に旧刑法の罪又は他の法律の罪を犯したる者に付ては、左の例に従ひ刑法の主刑と旧刑法の主刑とを対照し、刑法第10条の規定に依り其軽重を定む。
刑法の刑:旧刑法の刑
死刑 :死刑
無期懲役:無期徒刑
無期禁錮:無期流刑
有期懲役:有期徒刑、重懲役、軽懲役、重禁錮
有期禁錮:有期流刑、重禁獄、軽禁獄、軽禁錮
罰金 :罰金
拘留 :拘留
科料 :科料
【条文中のカタカナを平仮名に改め、適宜句読点を追加しました。以下同じ。】
つまり、「いままでの法律に『重懲役』と書いてあればそれは『有期懲役』の事とします」という規定を置いて、それまでの法律を書き換えることはしませんでした。
2.今回の改正
今回の改正ではこれとは異なり、いままでの法律の文言を全部書き換えることとしました。
そうすると、現刑法制定時 (明治40年)に改正しなかったかなり古い規定も、今回は改正されることになります。
その例を見ていきます。
決闘罪に関する件
決闘罪に関する件(明治22年法律第34号の便宜題名)は、旧刑法の下で制定されて、そして今まで改正がなかった法律です。
第1条 決闘を挑みたる者又は其挑に応したる者は、6月以上2年以下の重禁錮に処し、10円以上100円以下の罰金を附加す。
などと規定されています。この「重禁錮」は刑法施行法にて「有期懲役」に読み替えられますが、条文の文言自体は書き換えられていませんでした。
今回の刑法改正では、これも改正されることとなりました。
第1条中「重禁錮に処し、10円以上100円以下の罰金を附加す」を「拘禁刑に処す」に改める。
と改められました。ここでは罰金附加規定が削除されています。罰金附加制度については、現刑法制定時に、刑法施行法にて「適用しない」としていました。
ほかにも、いくつか改正された同種規定があります。
通貨及証券模造取締法(明治28年法律第28号)
第2条 前条に違犯したる者は1月以上3年以下の重禁錮に処し五円以上五十円以下の罰金を附加す
→3年以下の拘禁刑に処す
刑の下限の「1か月以上」のほうは、すでに刑法典(12条・13条)で規定されてますので、ここで改めて書く必要がなく、そのために削除されています。
外国において流通する貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及び模造に関する法律(明治38年法律第66号)
第1条1項 流通せしむるの目的を以て外国に於てのみ流通する金銀貨、紙幣、銀行券、帝国官府発行の証券を偽造し又は変造したる者は重懲役又は軽懲役に処す。
→6年以上11年以下の拘禁刑に処す
182条では法定刑が追記されています。
旧刑法のもとでは各条文に法定刑を書かずに、たとえば「重懲役」とだけ書かれていることがあります。旧刑法典 (明治13年太政官布告第36号)の側で「重懲役は9年以上11年以下、軽懲役は6年以上8年以下となす」(22条2項)と規定されていました。
これを引き継いで、今回の法改正でも、刑の長さは変わっていません。
今回の改正は最低限の文言のみの改正ですので、その他の部分や内容については手つかずです。ですので、「6年以上11年以下」となって日本で流通するものよりも刑が重くなってしまっていたり(かつては日本で流通するもののほうが刑が重かったが、そちらだけ刑が引き下げられたので現在ではバランスが合わない)、また「帝国官府発行」という「どこのことなんだ」と言いたくなるような文言が残っていたりしています。
第1条2項 金銀貨以外の硬貨を偽造し又は変造したる者は軽懲役又は2年以上5年以下の重禁錮に処す。
→2年以上8年以下の拘禁刑に処す
軽懲役は6年以上8年以下、本条の重禁錮は2年以上5年以下ですので、今回の法改正によって2年以上8年以下に統合されました。
なお、旧刑法での重禁錮は、現在の禁錮刑と異なり、定役に服します(24条)。(ですから、刑法施行法において、重禁錮は有期懲役にカテゴライズされているのです)
紙幣類似証券取締法(明治39年法律第51号)
第3条1項 禁止に違反して証券を発行し又は其の証券を授受したる者は、1年以下の重禁錮又は千円以下の罰金に処し其の証券を没収す。
→1年以下の拘禁刑又は2万円の罰金に処し其の証券を没収す。
こちらでは、没収規定がそのまま残っています。必要的没収です(罰金部分は後述)。
この法律は第4条に「何人の所有を問わず行政処分を以て之を官没す。」という規定があって、これも現在の感覚ではずいぶんと思い切った規定ですが(第三者所有物を行政処分で没収する)、今回の改正でも残すようです。
なお、旧刑法時代に制定された法律で刑罰が規定されているものとして、爆発物取締罰則や工場抵当法などがあります。
これらの法律は制定以後に改正がされて、刑罰部分は現行刑法による刑に変更されています。ですので、今回の改正では「旧刑法による刑を改正する」部分はありません。
3.罰金額の変更
罰金額の規定は、戦後のインフレ期に実情に合わなくなったので(上述の決闘罪でも「100円以下」となっていて、現代の金銭相場に合わない)、措置法で読み替えを行っていました。
つまり、罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)によって、上限額が2万円未満の場合はこれを「2万円」とし、下限額が1万円未満の場合はこれを「1万円」とする、とします。
そうなると上述の決闘罪の場合は「1万円以上2万円以下」となります。
この措置法は現在でも有効であり、今回の刑法改正とは直接関係ない部分です。ですので、これを改正しなくてもよさそうなのですが、「今回の刑法改正で改正される法律」については、罰金額の文言も変更されることになりました。
海底電信線保護万国連合条約罰則(大正5年法律第20号)
第1条第1項中「懲役」を「拘禁刑」に改める。
第2条第2項中「5千円」を「2万円」に改める。
第3条中「1万円」を「2万円」に改める。
第4条第1項中「1万円」を「2万円」に改め、同条第2項中「懲役」を「拘禁刑」に改める。