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映画『チタン』が描く「生」
ごきげんよう。雨宮はなです。
前回は「性」についての投稿でした。
今回は第二回「生」についてです。
※この記事は映画『チタン』公式による「完全解析ページ」を閲覧せずに書いたものです。
※ここから先はネタバレを含みますので、ご了承いただける方のみ読み進めてください。
※残虐なシーンや性的な描写について扱っています。苦手な人はご遠慮ください。
”生”きる”
とりあえず片っ端から殺していく主人公に、私は心底うんざりしました。グロテスク描写への耐性はそこそこありますし、「そんなもの観たくなかった!」なんてことはありません。ただ、本当に「とりあえず殺す」「とにかく殺す」選択肢しかないことにうんざりしたのです。
とりあえず殺せば良いと思ってるのか、ちょっと異常な行動をする暴力的なヒロインを扱いたいだけか…。ただ、家に帰ってきてメモを読み返しながら思いました。殺していたのが感情だったとしたら?記憶だったとしたら?
「殺す」というのは、自分の意思でもって物事との関係を断ち切る行為すべてを表すのだとしたら?それは、彼女の「生き方」なのではないか?
「殺す」ことで「生き」てきたとわかるのは、主人公が簪を使って堕胎を試みるシーンで決定したと言って良いでしょう。それまでに何人も「殺す」のに使用した簪を「突っ込もう」としたのは、「突っ込まれた」ことで始まったものを終わらせるには対になる最適な表現でした。
自分の中で生きているものを「殺す」ために「突っ込む」なんて、他殺なのか自殺なのかわからないところがまた興味深いです。自殺は本当に自分で行うことを決めたのか、それは他人によるものではないか…そんなことを考えればキリがありませんし正解もない問いですが、同じ作品を観た人の見解を聞きたい話題のひとつです。
”生”む
最終的に主人公は逃れられなくなったものを「生む」ために苦しみます。ここではあえて、「産む」ではなく「生む」とします。私が「出てきたもの」を人間として捉えるのを躊躇うためです。人間としての扱いもあるかもしれませんが、概念や何かの暗喩である可能性が捨てきれない以上、「産む」と表現するのは違うと思いました。
「生む」シーンにおいて重要だと感じたのは次の3つです。
①タイミング/リミット
抱えているものをすべて自分でコントロールできるわけではない、その「もの」にとってのベストなタイミングや、抱えきれなくなったタイミング:リミットが関係していると考えました。
リミットが近づくことで自分にかかる負荷はさらに増え、負担となり、主人公には外見の変化や母乳(オイル)があふれてしまうこととして表れています。
②主人公が自分で頑張る必要があること
自分の中にできた「もの」が勝手にスルリと出てきてくれるなんて、都合の良い展開はありません。人間の出産であれば、それが自然分娩であれ帝王切開であれ、中にあるものを出すという意思決定と身体的な負担を選ぶ必要があります。
そうせざるを得なくなった(目を背けていられる期間をすぎた)とはいえ、主人公は中にあるものを出すという意思決定をし、痛みに耐えたり力むという身体的な負担(それすら比喩表現かもしれない)に向き合います。
③他人に協力を依頼すること(正しい”甘え”)
「生む」タイミングになって主人公はヴァンサンに手伝いを依頼します。実の父親とうまくいかなかった主人公が、なりゆきとはいえ新しく親子関係を築いたヴァンサンに信頼を寄せていることがわかります。
私は、主人公が隙を見て出ていこうとしたり殺そうとしたのは、一種の試し行為だったと考えています。しつけと教育、生活を重ねるうちに自然と自分の過去をうっかりさらけ出してしまったのが、消防車の上でのゴーゴーダンス。
それを踏まえての父親への依頼は、彼女が初めて正しく甘えられたシーンなのではないでしょうか。
生”まれる
最終的に主人公は自分の中にあるものに対して全力で臨んみ、終わりを迎えます。そうやって「生まれた」ものは何なのか。非常に考えさせられるラストシーンでした。
主人公の腹部は張り裂けてるし(というか絶命してるし)、出てきたものは最初からチタンが埋め込まれているように見える。新しい生命や概念の誕生なのか、再生なのか、それとも「殻を破った」という意味なのか?いやでも、破ったのは皮膚だしな…。ヴァンサンの「親としての責任感・覚悟」というものが生まれたようにも見えました。
何が「生まれた」のかを考えるだけで、十分に面白いワンシーンでした。
さいごに
「生まれた」自分が「生きる」間に「生む」ことを経験する。そんなサークル・オブ・ライフを観た気がしました。ドロドロに汚れて、みっともなくって、痛々しいなんて御免こうむりたいですが、人生ってそんなものだよなぁと納得してしまう不思議な感覚を味わいました。
次回はこの作品において「チタン」についてあれこれ考えたことを投稿します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
ではまた次の記事で。ごきげんよう。