映画『ある職場』は日本中にある職場の話だ。
ごきげんよう。雨宮はなです。
この作品を観るために、今回初めてポレポレ東中野さんへと赴きました。単館は初めてだったので、簡素で潔い感じに気持ちがきりっとしました。
きりっとした気持ちがダレずに、時間経過を感じさせない135分。
これは私の感想文です。
全て”聞いたことがある”ものでできている
全編を通して驚いたのは「なんかどっかで聞いたことがある」台詞ばかりだということです。さらに驚くべきなのは、それがどのキャラクターからも聞こえてくることです。被害者、加害者、関係者、そして、部外者からも。
まるで自分が接したことのある人たちがスクリーンにいるような、自分が参加した会話をもう一度聞いているような、そんな感覚に囚われました。そのせいか、馴染みのある居心地の悪さをひしひしと感じ、それをすでに受け入れてしまっているという不思議な時間を過ごすことになりました。
冷静に考えれば、それぞれの立場や考え方を知っていれば「そうね、あなたはそう思って言うんでしょうね」と思えるのです。ただ、それはあくまで部外者でスクリーンの外から眺めているからで、あの場にいたとしたら。誰の声が一番聞こえてくるか、誰の言葉に感情を揺さぶられるかで自分の立ち位置がわかるでしょう。
”腹の底にあるもの"
この作品の脚本は存在しません。それは監督のとった手法によるもので、役者に設定だけ与えて打合せを重ねたうえでの即興芝居を撮影したからです。つまり、聞こえてくる台詞はキャラクターの言葉であり、役者さんの言葉でもあります。それを知った私は不思議に思いました。なぜって、キャラクターの言動にブレが無いのです。
徹底したキャラクターづくりはどのように行われたのか、そして役者さんはどのように演技に集中しながら自分をコントロールしたのか。鑑賞した日には監督が登壇してQ&Aイベントが行われたので、せっかくだし、と質問しました。
どうしたらあんなにもブレない役作りが可能なのか。
そして、それに対応できた素晴らしい役者さんをどのように見つけたのか。
監督からの回答をメモしたものをまとめると、以下の内容でした。
メソッド・アクティングの現代版の手法を監督なりに日本にもちこみ(”オブジェクティブ”と呼ばれる)、役者と話し合うことで”腹の底にあるもの”が変わらないように調整を行った。ただし、自分の肌感覚は大切にしてほしかったのでブレにくくするために論理武装を手伝った。役者さんは、誘われたワークショップに赴いてそこにいた人の中から役に合いそうな人に声をかけた。役柄を説明したうえで自分と違ったときに「でも、そうなれます!」と言えるほどに”腹の底にあるもの”を役者さんは、誘われたワークショップに赴いてそこにいた人の中から役に合いそうな人に声をかけた。役柄を説明したうえで本来の自分と違ったとしても、「でも、そうなれます!」と言えるほどに”腹の底にあるもの”を変えられたら、それはもう演じられるといえる。
ものすごく興味深いし、聞けて良かったけど、ものすんごいことをやってのけてるなと鳥肌が立ちました。
メソッド・アクティングってマリリン・モンローも取り入れてた手法だったはず。彼らはもはや、ハリウッド俳優といっても過言ではないでしょう。
”ある職場”はなくならない
この作品を観てはっきりとわかったのは、「これは日本中にある職場のはなしだ」そして「その”ある職場”はなくならない」ということです。なくそう、なくそうと努力をしているひとがいる反面、「そんなに騒ぎ立てることかなぁ。自分は加害なんてしてないし、被害も受けていないけど」というひとがもちろんいるわけです。そして、その数が多すぎるのです。
自分が明らかな実害を被って初めてわかるひとたち。自分の身内が被害にあったというだけではわからないひとたち。「暴行罪はあるけど、セクハラ罪はない」と言ってしまえるひとたち。そんな人たちが多すぎる。
人が集まって社会ができる、その社会=環境のひとつに”職場”がある。いくらハラスメントのある職場をなくそうとしても、ひとの”腹の底にあるもの”が変わらなければなくならない。
少なくとも日本の法制度に禁止規定がないうちは、「”ある職場”はなくならない」でしょう。禁止していないということは、許してしまっているのと同じことだからです。禁止してやっと「なくさなければならない対象なのだ」と認識するひとが少し増えるのですから。
さいごに
社会問題を絡めるとそちらへの意識付けや考察に持っていかれがちですが、これはそもそも映画作品としてとても面白いものでした。興味が尽きることが無いという、恐ろしくも嬉しい蟻地獄を用意された気分です。
ディスク化と配信も予定されているらしく非常に楽しみですが、もっと多くのスクリーンで上映して欲しい作品なので今後上映する映画館が増えてくれればと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
ではまた次の記事で。ごきげんよう。