【日常で思うこと】去っていくひと
またか……
前の部署で一緒に仕事をしていた後輩から連絡がきた。
どうやら会社を辞めるらしい。
人材不足、転職ブームとかの影響で、
ここ2、3年で社内の親しい人たちが次々と去っていく。
純粋にキャリアアップを目的とした退社なら喜ばしいけど、
彼女の場合は少し違うみたいだった。
「専門知識を活かせる業務を狙っていたんだけど、なかなか上手くいかなくて……」
オフィス近くのカフェで、彼女は話してくれた。
憂鬱な気持ちを溶かすように、アイスコーヒーに浮かぶ氷をかき混ぜる。
彼女がやりたい業務は、社内で競争率が高かった。
選抜されるメンバーは実力や経験よりも、所属している上長の推薦で決まることが多い。
つまり、ある程度のコネクションやおべっかが必要になる。
ぼくが見る限り彼女は頭の回転が早く、チャレンジ精神に満ちていた。
生まれたばかりの子どもを育てながらも、業務に手を抜くことはなく、
新たな課題が出てくると自ら手を上げて、解決策を提案した資料づくりを行っていた。
「休みなよ」と言っても
首を振りながら「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」と笑う。
そんな性格だからこそ、責任から逃れることばかり考えている上司や
賛同できない意見を押し付けてくる同僚を極端に嫌う性格を持っていた。
自分にはもちろん、他人にも厳しかった。
「上手くやれなかったみたいです」
職場の人間関係のことなのだろう。
以前とは違う笑顔を見て、胸が締めつけられた。
別々の部署に異動してから、彼女もぼくもそれぞれ嫌な経験をしてきた。
きっと長い時間をかけて悩んで、出した結論なのだろう。
あの頃、ぼくたちは次々と展開していくサービスのPRを行っていた。
会社のキャラクターを使った動画、関係会社や売り出し中のアイドルとのコラボ企画や漫才をSNSといったメディアから発信してきた。
M&Aの展開、海外の都市開発といった複雑で規模の大きな事業を行っている部署からしたらママゴトのような業務かも知れないが、
コロナ禍の張り詰めた空気の世の中で、
観てくれる人たちの気を緩ませるような
「くだらない」とクスッと笑ってもらえるようなコンテンツを
タイトなスケジュールと予算で実施していた。
少しずつだけどインターネット上で話題となり、サービスの利用者が増えた。
それも彼女の優秀な事務能力があったからこその功績だった。
周囲からは「遊んでいるみたいだな」と嘲笑されていたけれど、
それはそれで、よかった。
どうせ辛い仕事だから悪ふざけの延長線上のようなノリで、
楽しんだもの勝ちという思いがあったから。
「社会人になって一番楽しい思い出になりました」
別れ際、そう言ってくれた。
裏表のない彼女だからこそ、お世辞ではないと信じたい。
街を歩きながら、必死で今の会社にしがみつく自分の将来を考えた。
鼻の奥に突き刺さるような冷たい風の中。
新しい道を進もうとする後輩を応援したい気持ちがある。
でも、また仲間が去っていくことに胸の痛みを感じた。
彼女の門出を素直に喜べないことに、自己嫌悪を感じながら。