――永遠を求めて
2018年6月15日金曜日、14時13分。お知らせは突然だった。
話は2013年3月に遡ろう。
その頃の私は就活に勤しんでいた。面接に行って話すのが本当にストレスで、しかも中々就職先が決まらない。自分が社会に出たら「できる」こととはなんだろう? なんて悩みばかりを募らせていた。
当時の私は声優のおっかけをしており、中でも羽多野渉くんに熱をあげてそれは夢中だった。Twitterで羽多野くんの話題で盛り上がるのもその頃の楽しみだった。そのTwitterのタイムラインで、いつも羽多野くん関連のことを呟いている方々がここ数日、とあるアプリゲームの話題にあげていた。
それが「ときめきレストラン☆☆☆恋のレシピでつかまえて(以下ときレス)」であった。
「ときめきメモリアルガールズサイド(以下GS)」の派生である、このタイトルは当時GSユーザーであった彼女たちを虜にした。私もこのGSを勧められたこともあったが、当時プレイするまでには至らなかった。
正直言うところ、最初は全然興味がなかった。
繰り返すが、当時の私は羽多野くんが大好きであり、ゲームをプレイするにもアニメを見るにしても「羽多野くんが出演」していることに重点をおいていた。なので私が最初に確認したことは、ときレスに「羽多野くんが出演」しているかどうかだった。6人しか登場しないこのゲームは、これまで私がハマった声優は誰もキャスティングされていなかった。「だいすけ」は「大輔」でも、私は小野大輔が大好きだったので、浪川「大輔」も岸尾「だいすけ」も特に惹かれることもなかった。
ここで声優オタクの自分はプレイするモチベーションがなくなる。まあ、それでもとりあえずキャラクターは確認はした。
もう10年も前のことだから、記憶も薄れているので、定かではないけど、初見から「音羽慎之介」のことは気になっていたと思う。歴代の好きになったキャラクターの造形に一番彼が近かった。だが、当時の流行りだと(今もその系譜があるかもしれないが)私の好きな風貌のキャラクターはよく「実は腹黒で、ドS」という設定と付けられることが多く、それが若干苦手だった私はそのキャラの性格を知らないうちは「この音羽慎之介が断トツで好き!」とは断言できなかった。見た目は好き、で留めていたと思う。
だが、ときレスがサービスを開始した2013年3月14日から、10日後。3月24日に私はあまりの就活のストレスによって「みんなが話題にしているし、息抜きに私も始めるか」とアプリをダウンロードしたのであった。
散々、始める前に「好きな声優が出演していないし」「GSの派生作品なんだ、へえ」と興味ないと思いを連ねていた自分。
見事に、ハマるのであった。
スマホが熱を持ち、充電が底を尽きるまで、それは夢中でプレイしたのだ。
これはアプリのサービスが終了する2018年8月31日まで、私はほぼ毎日ときレスにログインをして大好きな6人のために料理を作り続けた。その最終日は有給を取って、夜通しときレスと過ごしたものだった。
当時の乙女ゲーム、女性向けゲームというのは、だんだんキャラクターが新規で加わり、人数が増えていくのが当たり前だった(これは今もそうではあるが)
でも、このときレスは事実上、サービス(サポート)が終了する2023年3月31日まで、6人のアイドル、私(プレイヤー、またはレス子)、マスター(サポート役)の8人で世界が回っていた。
ずっと私たちは6人のアイドルへ愛を注ぎ込むのに情熱を費やした。
ここで、その6人を簡易的に紹介しよう。
6人は3対3に分かれて、アイドルユニットを組んでいる。
・3 Majesty(スリーマジェスティ)
霧島 司(リーダー)、音羽慎之介、辻魁斗が所属するユニット。
王子様をコンセプトにする、王道アイドルユニット。
・X.I.P.(エグジップ)
伊達京也、不破剣人、神崎透が所属するユニット。
野生的で大人の色気のあるアイドルユニット。
この2つのユニットは同じ事務所に所属し、同じ日にデビューをするライバル関係でもあるアイドルでもあるのだ。
「ときレス」はこの6人と恋愛しつつ、彼の胃袋を掴み、そしてアイドルである彼らを応援する……そういったアプリゲームなのである。
プレイヤーである私はその所属する事務所の近所に店を構えるレストランで料理を作る一般人として、店に来る6人のアイドルと交流を深めて……という日常を送るのである。(ちなみにスキャンダルとか、そういうハラハラした展開はほぼない)
この、ときレスは3回の「終了」を経たコンテンツである。
1回目の「終了」はサービス開始から、約1年と半年を経た頃である。2014年8月7日から運営元がKONAMIからコーエーテクモへと移管された。この時、GSからのときレスを始めたプレイヤーが結構な割合で離れて行ったのを覚えている。
2回目の「終了」は、アプリの終了である。これは2018年8月31日をもって、アプリゲームのプレイが完全にできなくなった。私たちのプレイした約5年と半年のデータにアクセスできなくなった。
そして3回目の「終了」が、2023年3月31日。10周年を節目に、アプリが終了してからもリアルイベント(ライブやコラボなど)の運営をしてくれたコーエーテクモがサポート終了をした。
では、冒頭に戻ろう。
2018年6月15日のお知らせというのは、2回目の終了である「アプリゲーム」の終了のお知らせであり、公式Twitterから発表された日であるのだ。
何故だろう、私はこの毎日がずっと続くものだとどこかで過信していた。
ときレスがサービス開始された頃よりも、様々なアプリのサービスが開始されてそのどれもが賑わっていた。なかにはすぐに終止符を告げるコンテンツもあったが、それでもどこかで「ときレスは大丈夫」と思っていた。
それも、この2018年はときレスにとって5年目の節目であり、2月にその5年を祝いするためにパッケージゲームの発売や劇場版アニメの全国公開もあったのだ。それに2016年から始まったバーチャルライブも3月にあり「5周年の幕開け!」と煌びやかに公演していたのだ。
永遠なんてものは、ない。
そう思った。涙が止まらなかった。Twitterでパブサをすると色んな呟きがあり、心が乱された。公式からのお知らせを見たのは職場だったので帰宅してからはあえてTwitterで呟かないようにと思っていたが、今自分の呟きを振り返ると全然呟いていた。
でも、内容を見ると、全然気持ちが落ち着いていない。心の整理をしようと呟こうとして、結局乱されている……そんな呟きだ。
って、夜中の3時まで起きている。
寝ろよ、自分。なんで3時まで起きているんだ?
当時の自分が何故起きていたのか、全然思い出せない。呟きを振り返って、驚きに震えている。
次の日、私には予定がふたつあった。
ひとつは漫画家のサイン会。もうひとつは、大好きな坂本真綾が参加するフェス。
そのふたつの予定があるのに、なんで夜中3時まで起きているのか。いや本当、なんで?
まあ、それはさておき、まずは渋谷TSUTAYAで行われた漫画家のサイン会へと私は足を運んだ。
その漫画家さんは岩本ナオ先生であり、連載中の漫画「マロニエ王国の七人の騎士」の2巻発売を記念したサイン会だった。
私は前作の「町でうわさの天狗の子」の大ファンである、そしてこの「マロニエ王国の七人の騎士」も毎度目を離せない展開が続く面白い漫画である。
そのサイン会のでの列、待機中、ふとスマホを取り出しTwitterを開いてしまったのだ。岩本先生のサイン会に緊張していたこともあり、待機列で手持ち無沙汰だったこともあった。
が、見るべきではなかった。
Twitterで呟かれていた、ときレスへの愛を見て「ああ、もうときレスの終わりは確定していて、ここからのまた新しいなかにかが始まることはない。今、私は2巻刊行のお祝いのサイン会に並んでいて、ここから物語が色々と紡がれるものがあれば、見えている終わりがあるものもある……」などと考え始めたら、待機列で涙が止まらなくなりました。
端から見れば、岩本先生が大好きすぎるファンが感極まって泣き始めた図。岩本先生が好きなのは大好きなのだけど、泣いている理由が全くの別物で恥ずかしさが増してくるが、マジで涙が止まらなくて困り果てる。
次どうぞ~と仕切りの中に案内され、岩本先生と編集者さんが泣いている私を見て、ぎょっとしたことだろう。そこで取り繕って「大ファンです、マロニエ王国も応援しています」だけ言えばよかったのに若干パニックになっている私は言ってしまう。
ここで編集者さんが「もしかして、ときレスですか……?」と言ったような覚えがある。
なんだ、この読者は。
岩本先生も編集者さんも心配しつつ、こいつはずっと何に泣いているんだ?と疑問が頭をいっぱいにしただろう。
あまりにも私が泣くものだから、岩本先生がサインとおまけに一言メッセージを書いてくださった。
【がんばって下さい!】
応援される側に、応援されている読者って?????????
終始励まされて終わるサイン会。
終わったあと、当たり前だが猛反省した。
失礼にもほどがありすぎる、いつか挽回のチャンスがほしいと願った(注:ありました)
サイン会が終わり、私は次の現場へと行った。
渋谷から日比谷だ。道中の記憶がほぼない、ずっと反省していたと思う。
次の現場は「YANO MUSIC FESTIVAL 2018 ~YAONのYANO Fes~」、日比谷野外大音楽堂で行われた野外フェスだった。
人生の半分以上好きな坂本真綾の音楽を聴けるというのに、私の心はずっとときレスだった。
記憶が朧気なので、当時のことが書かれた記事を見返してみた。
めっちゃ楽しそうなセトリ、最高なセトリなのに全然覚えていない自分が悔しい。
私が覚えていることは3点だ。
真綾の「レコード」を聞いて、大号泣
Negiccoちゃんの3人の踊りながら歌う姿が、3 Majestyに重なってしまい大号泣
堂島孝平の「きみのため」の歌詞に大大大号泣
ときめきレストラン☆☆☆!!!!!!!!!!!!!!!
もうそういう記憶しかなく、矢野フェスというよりも、私の中ではときレスフェスとしてこのフェスは思い出の引き出しに仕舞われている。
願うなら、真っ新な気持ちでもう一度このフェスへ行きたい。でも私はきっと同じことを思い泣いてしまうだろう。
フェスが終わった後の記憶がほぼない。涙で枯れた身体でその日は家に帰ったのだろう。
さすがに次の日は一日寝込んでいるだろうと思い、過去の自分の呟きを見たら北関東までコスプレをやりに行っていた。体力がある。
いや、約束を破るわけにも行かないので当たり前なのだが、……でもおそらく一緒に撮影した二人に色々と言ったと思う。その内容が全く思い出せないのが逆に怖い。
今思い返すと、岩本先生と編集者さんには多大なご迷惑をおかけした。
フェスで勝手に泣こうが、コスプレを一緒にした友人たちにときレス愛を綴ろうが、ある意味、それは私の【日常】であるのだ。
でも、サイン会のほんの数分のひとときを、ときレスに全く関係のない二人にその愛をぶつけてしまうのは…………。
時は過ぎ、ときレスはアプリ終了後も、定期的にライブ公演やコラボイベントを開催してくれた。
もうアプリで彼らに会えない私たちにはそれしかなかった。
だが、DMM VR Theaterの閉鎖、コロナ流行によるライブ中止や縮小。
それでもときレスは大丈夫だ、何故かまたそんな思いに私は囚われていた(二度繰り返す)
おい。
永遠はやっぱりない。
そして2022年7月17日、その日はまた訪れる。
月刊フラワーズ20周年イヤーを記念して、岩本ナオ先生のトーク&サイン会が開かれたのだ!
私はもちろん応募し、見事抽選に当たった。最高である。
前回はときレスサ終により、精神が乱れに乱されていたが「今回は大丈夫」と、ファンレターも用意してイベントへ足を運んだ。
事前のアンケートもびっちりと書いた、そのアンケートの質問に先生が答えてくれて、もう私は気分がハイでしかなかった。
終盤、サイン会が行われた。前方の席の方から案内され、私は真ん中よりも後ろだった。
岩本ナオ先生、編集者さんの前へ立ち、書いて欲しい名前の紙を渡す。
挨拶を交わしたあと、意を決して私は言った。
突然、何を言うのか、この読者は?
岩本先生も編集者さんも、めっちゃ覚えていた。
優しすぎる。
この時の私は「2023年3月31日に、もうときレスは終わってしまいますが! でも、今はそれを伝えたところで!?」の気持ちしかなかったため、笑顔で答えた。
よかったです、そんな言葉と共にサイン色紙をもらった。
改めて、今、こう文字にするとやっぱり、この読者はなんなんだ? と思う。
その後、9月1日にときめきレストラン☆☆☆の10周年企画の告知が出た。
一時的だが、元気になった。
その数日後、うたプリのST☆RISHのライブ映画の公開があった。初週に観に行った覚えがある。
もし、ときレスの10周年企画がなく、この映画を観に行ったら私は涙が止まらなかったと思う。
だが、ときレスにも現場が決まったことを知っている精神状態の私は「ライブって楽しいよね」と笑顔で見れることができた。もし10周年企画がなかったら、関係のないST☆RISHのことを後世まで呪っていたと思う。
だがエンドロールの、アンコールを聞いて、やっぱり泣いた。(どのみち……)
でもね、やっぱり私は思うのです。
ときめきレストラン☆☆☆のために、私が、私たちができることってなんだろう。
そんなことを考えながら【永遠】となったときレスを胸に抱いて私は今日も生きています。
――よし、VR SENSEをやりに千葉に行こう。
※VR SENSEは、コーエーテクモゲームスが開発したゲームセンターで稼働させるVR筐体。現在は千葉にある「テクモピア千葉中央店」でのみ稼働中。
プレイできるタイトルに「ときめきレストラン☆☆☆ DREAM LIVE」があり、今はそこで6人と時間を過ごせるのだ。
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