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第二百七十五夜 『無限の住人』

時に人は謀らずして過去を思い出すことになる。


彼と普段から一緒に仕事をしているが、そういう時に二人で話している時は、あまり過去の話をしない。


タクシーに乗っている時、昔働いていたエリアを通り懐かしんだり、過去に行った飲み屋の前でちょっとした思い出話を披露したりはあるものの、常に未来の話だとか、仕事には直接結びつかない途方もないテーマなんかを、お酒の肴にすることがほとんどだ。


しかし、私と彼の過去を紐解いてくれるのは意外にもステークホルダー、とりわけお客様なのである。


初めて物件を購入した時の話。


今だから言える私たちに任せようと思った理由。


そして、その後、継続的にお会いしていく中で培ってきた歴史。


そういった話を思い出させてくれるのは、私たち自身よりもむしろお客様であることが多い。


「僕は仕事をする上で、ステークホルダーにお伝えしていることがあります。」


「なんですか。」


「私は仕事を通して、あなたの物語の登場人物になれるように心がけています。と。」


その人の人生が一冊の小説だとしよう。

10章構成の小説だ。


なぜか4章からちょくちょくFPを名乗る登場人物が出て来るのだ。


それが私である。


そして、それは今正面でそば茶ハイを飲んでいる彼の人生の小説においても、従業員のSの小説においてもそうである。


関わった人の人生小説の登場人物として、主人公を助ける、影響を与えられる人物でありたいのである。


「そして、その積み重ねが不老不死だと私は思うのです。」


「不老不死?なんですか。急なそのワードは。」


どうやら彼の途方もなく壮大なテーマの琴線に触れたようだ。


「それはですね…」


店員がラストオーダーの声をかける。


「これは仕方がないです。ここにきて気になるワードを投げたのが悪いです。もう一件、その不老不死についてだけお話しましょう。」


「わかりました。」


お客様との思い出話に充てられて、随分と曝け出してしまった気もする。

その当日、確かに私は感じていたのだ。


お客様の人生の登場人物になれていたのだと。


これを感じた時、襟を締め直す。

多くの小説に登場するほど、私はそれに見合う実力をつける責務があるのだ。


そして、彼の人生小説はおおよそ今5章か6章くらいだろうか。

まだまだ、長期で登場していく予定の私は、また今宵、彼と語らうのである。


かつて、仮想空間に定義した。不老不死の話を。

仕事の話を添えて。



物語の続きはまた次の夜に…
良い夢を。


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