第三百二十夜 『失われた時を求めて』
「昔、経営していた時は。駆け出しの頃はどんな営業手法で顧客を獲得していたのですか。」
経営会議のあと、10分ほどの余裕があったので、彼に問いかけた。
私にはどうしても納得がいかないのである。
彼がなぜ、かつて一度会社をたたむことになったのかが。
今の彼の辣腕を見る限り、そんな状況に陥らないのではと思っているからだ。
「電話営業もしましたし、もっと源泉営業に近い飛び込みも経験しました。ただその時は営業ばかりにリソースを割きすぎたかもしれません。」
彼は過去の自分を懐古しているのであろう。
目線は私に向いているが、その瞳に私は映っていないそんな眼差しだった。
「営業ばかりにですか。」
「はい。商品開発で失敗したと言ってもいいかもしれません。」
僅かばかりの時間で全ては聞けないだろうから、深く掘り下げはしなかったが、かつて飲みの場で彼から聞いた話を思い出す。
そして、同時に彼が今のアメリにおいて、よく会議で発する言葉の意味を知る。
『これだけお客様に提供できるサービスがあることは、実は普通のことではありません。アメリの商品力はお客様にとっても素晴らしいものになってきています。』
その言葉は過去の彼の経験からくるものなのであろう。
実際、アメリを始めたばかりの頃も彼は良い商品販路を持つことの重要性を強く説いていたように、今は思える。
「まぁ今は時代も変わり、営業手法も変わっているでしょうし、それこそ、公的な機関を利用することも、もっと積極的に行っていってほしいですね。」
彼のメッセージはもちろん私に対して発しているものである。
しかし、その実、遠い過去の自分に対しても優しく語りかけているような、儚げな面持ちだった。
物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。