第三百七夜 『アルケミスト』
「考えてもいなかったことですが、セミファイヤーというか、仕事のあり方を変える目処がようやく見えてきました。」
「それはよかったです。今年はFさんの資産形成も大きく進捗したので、ここから数年でより明確に見えてきましたね。」
「おかげさまで、米株が大きく減るタイミングで利確して別の資産に移せたので、今回の相場も相まって米国株に投資した分が結果的に半分以上戻ってきましたよ。」
「そろそろ危険信号だなと思っていたのは確かですが、それ自体はたまたまです。むしろ、そこで踏み切ったFさんが選択した結果ですよ。その後、下がったタイミングで買えているのも流石です。」
「それこそ、積み立て感覚ですからたまたまです。」
Fさんとはもう数年のお付き合いになるが、今年、今まで以上に大きな資産形成の一歩を踏み出し、ようやくお金自身が働いて資産を作ってくれる状況を作り出すことができるようになってきた。
ご自身の自己資金なしで、収入を生む状態である。
そして、その日は今年一年の振り返りと、来年以降の打ち合わせを兼ねてお食事にお誘いしたのである。
「いっそ、今運用しているお金をそっちの資産に移してしまう方が、安全な気もするので、年明けを目処にまた相談させてください。」
「そうですね。確定申告で還付金も来年は多くなるかと思いますので、それも踏まえて使い道を考えていきましょう。」
「いつもありがとうございます。」
Fさんも私もノンアルコールの会食であった。
お会いするときは大抵、ノンアルコールが多い。
「この駅にこんな落ち着いたお店があるなんて知りませんでしたよ。」
「よろしければ、今度は奥様とお使いください。」
我が物顔で言ってみたものの、実際は私も知り合いの伝手で知ったお店であり、来店は初めてであったが、こう言ったプライベートな会話、主に資産に関する会話をしても問題ないくらい落ち着いた空間であった。
次々と運ばれてくる料理に合わせて、お酒ではなく、会話が進む。
F様のこれから。
資産のこと。
ご家族のこと。
お仕事のこと。
時には、今流行りの作品のこと。
そして、夢について。
気がつけば、取締役の彼が行なっているというドリーム営業をしていたようだ。
話が盛り上がったところで、コースも終わり、会計をいただいた。
「今日は私が。」
Fさんから申し出を受ける。
「いえ、お店もこちらで選びましたので、本日はこちらにもたせてください。」
「それではお言葉に甘えて。」
Fさんにしてみれば、飲食店で一流のサービスを受けながら、私自身も一流のサービスを提供した自負がある。それに対してお支払いしたいという気持ちだったのかもしれない。
しかし、私自身もFさんへの感謝を少しでも表したかったのである。
本年、私自身を一番成長させてくれたのは他ならぬFさんだったからである。
年末というのはこういった人との出会いや繋がりを再確認していくために忘年会なるものがあるのかもしれない。
「今後もぜひ私のライフプランをお願いいたします。」
「もちろんです。」
帰りのエレベーターホールにて、いつも以上に力強い言葉で改めて依頼を受けた。
おそらく、ともにアメリで働く彼はこれを何人も何件も経験してきたのであろう。
師走も近くなってきたこの季節であるが、どこか暖かい風が吹いている気がした。
物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。