目覚め【ログレス】
「ずっと、一緒にクエストしたいね…」
「できるさ、ずっと…」
ずっと、一緒に…。
…誰、だろう?
誰かと、約束をした…。
すごく大切な…誰かと。
すごく大切な…約束。
…誰だっけ…?
あぁ…眠い…。
頭が…重い……。
………。
『…起……さ…い』
だれ…?
わたし…ねむいの……このまま…にして…。
『…起……な…さ…』
…うるさいな……ほっといて……。
「…約束、覚えてるよな?」
………?
……だれ?
「一緒にクエストやろうって…ずっと一緒にハンターやろうって…」
…だれ…?………ないてる…?
「ごめん……俺が、不甲斐ないばかりに、君がこんな目に…」
…なんのこと…?
…あ、あたまがいたい…。
『…起き……さい!』
「だから、ケジメを付けてくる」
………?
「奴らなら、君を目覚めさせる事が出来るはずだ」
…まって……あなたは…だれ…?どこにいくの…?
『起…なさい…!』
「必ず、戻ってくる。だから、待ってて…」
……だめ……いってはだめ……。
「じゃあな。俺の……しい、眠り姫…」
『起きなさい!』
何かの声に叩き起こされるかのように、はね起きた私は上下する肩に合わせて、荒れる息を吐き出した。
と、途端に襲いかかる頭痛に頭を押さえてうずくまる。
「…っこ…ここ、は……?」
頭痛に苛まれながらも辺りを見渡す。
どこかの宿屋だろうか。こじんまりとした一室に、限られた家具しかない。
…私は、何をしていたのだろう…?
痛む頭を堪えながら、必死に記憶を探った。
…確か……魔法をかけられた、んだ……魔法…?…いや、もっと禍々しい……負の魔力のような……それを食らって…いや…誰かを庇って……?
記憶を探るも、頭痛が記憶を闇の中に落とし込もうとする。
頭痛に呻いていると、階段を上がってくる足音が聞こえた。どうやらこの部屋は二階にあるようだ。
私は咄嗟に自分の武器がないか、目配せた。ちょうど枕元に、ベッドにたけかけるように置かれている剣の柄が目の端に入る。それをひったくるように手に取り、階段を上がってきた足音の主がドアを開けたと同時に、ベッドからはね起きて剣を突きつけた。
「ひゃぁあっ!!」
足音の主は驚いて、手を上げる。相手が持っていたらしい花瓶が落ちて、がしゃんと割れた。
「…あなたは誰…?」
剣を突きつけたまま、私は聞いた。だが、相手は呆然と私を見つめたまま何も答えない。訝しげに眉をひそめる。
と、よく見たら相手はまだ若い女性、いや少女と言ってもいいかもしれない。しかし、まだあどけなさが残る顔立ちと少女らしいしなやかな体つきの中に、鍛え抜かれた強さを持っている事を私は見抜いていた。
気を抜けない…。そう思い、剣を握る手に力を込める。
少女はそんな私にやっと正気づいたのか、はっとして。
「お…起きた…」
と、呟いてから。
「…ぉぉおお、起きたーー!!!」
大音量の叫び声を発して、両手を上げた。その声はまだ続いている私の頭痛を直撃し、私は無防備にも頭を押さえてうずくまった。
だが、少女は私に危害を加えるわけでもなく、しゃがみこんだ私に慌ててかけより、背中を撫でてくれた。
「ご、ごめん!びっくりして大声出しちゃった!」
優しく暖かい手の温もりに、私は少しだけ安堵を感じた。
「…あ、あなたは…?」
私が聞くと、少女はニコッと笑って答えた。
「私の名前は、ニーア。バトムの娘よ」
聞き覚えのある名前を聞いて、あぁと思い出す。バトムは、いつも美味しいご飯を振る舞ってくれた宿屋の女将さんだ。
「私は…っ」
名前を言おうとして、意識が遠のく。
「はっ…しっかり!しっかりしてっ!」
ニーアの声を聞きながら、私はまた闇の中に意識を落とした。
次に意識を取り戻した時、ニーアに寝かされたのか、私はベッドに横になっていた。ベッドのそばではニーアとバトムの会話が耳に入り、その内容から意識を失っていたのはほんの少しだと分かった。
「だから、本当に目を覚ましたんだよ!」
「まさか…あれだけ手を尽くしたのに意識が戻らなかったんだ。いまさら…」
「……バ、バトムおばさん…」
私はそっと声をかけた。バトムははっとして私を見る。
「…キュ、キュリちゃん…?」
バトムはまじまじと私を見つめた。私は少しだけ苦笑する。
「…ちゃん付けしないでって、いつも言ってるのに…」
私の言葉に、バトムは溢れんばかりの涙を瞳に浮かべて、私の手を握った。
「目を…目を覚ましたんだね…!ホントに…」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん…」
ニーアは信じてもらえなかったのが不服だったのか、拗ねたように口を尖らせる。
「あぁ、良かった…本当に良かった…」
涙を流しながら、良かった良かったと繰り返すバトム。私はバトムがこんなにも心配してくれた事に、心が暖かくなった。
「気分はどうだい?」
バトムが涙を拭いながら聞いてきた。
「…大丈夫。さっきまで頭が痛かったけど、それも良くなってる」
起きたばかりの時にあった頭痛も、今ではすっかり引いていた。
と、急に空腹を感じ、それと同時に腹の虫がなった。それを聞いたバトムとニーアは顔を見合わせて、クスッと笑った。
「ずっと寝てたからお腹空いたよね?今何か作ってくる!」
ニーアはバタバタと階段を駆け下りていく。それを見て、バトムはやれやれとため息をついた。
「まったく騒々しいったら…。ごめんなさいね」
私は困ったように謝るバトムに首を振る。
「元気な娘さんですね」
「知ってたの?」
「さっき目を覚ました時に…。すみません、私混乱して、ニーアさんに剣を突きつけてしまって…」
それを聞いて、バトムは驚いたように目を丸くする。
「まさか、すぐに動けたのかい?」
「あ、はい。体は少し重い感じがしますが…」
「…そうかい、良かった…体には異常はないんだね?」
バトムの安堵した笑みに、私はうなずいた。
と、下からガラガラガシャーンと派手な音が響いてきた。
「本当にもうそそっかしいったら…あ、大丈夫だよ。あの子は不器用だけど、料理人としてそれなりの物が作れるようになったからね。お店のメニューなら、私が保証するよ」
バトムが慌てたように言う。私はクスッと笑った。
「バトムおばさんの娘さんだもん。絶対美味しいものを作ってくれるって、分かってる」
私の言葉にバトムは嬉しそうに微笑んだ。
「まぁね。あの子はハンターをしながら料理人を目指していてね。いろんな食材を探し回っているのさ」
バトムの言葉でなるほどと思った。ハンターなら、彼女の鍛え抜かれた体も納得だ。
ハンターは、ハンター協会に認められた者しか登録できない。人に害をなすモンスターを退治したり、住民たちのさまざまな依頼をこなしていく事で報酬をもらう。身元不明や力量不足な人材では務まらないのだ。
ハンターの話が出て、私ははっと思い出した。
「そうだ。みんなは…?ルルハやジョーは…?」
私が体を起こして、バトムに聞いた。バトムは慌てて私をベッドに寝かそうとする。
「…と、とりあえず、今ニーアがご飯を持ってくるから、それを食べてから話すから…ね?」
バトムの様子に、私はモヤっとしたものを感じたが、私は素直にうなずいた。
しばらくして、ニーアがトレイにお皿を乗せてやってきた。
「さぁ、うちの看板メニュー、キノポ亭特製、キノポスープだよ!食べて!」
そう言って出された料理は、野菜たっぷりのスープだ。キノポ亭に来た時はよくバトムに頼んだメニュー。
「いただきます」
スプーンでスープをすくい、一口すする。素朴で優しい、キノポのダシが口の中に広がり、体中に染み込んでいくよう。
「…美味しい」
私は一言そう呟いてからは、ただただスープを口に運ぶ事に集中した。そして、一気にスープを完食した。
私の食べるさまをずっと見守っていたバトムとニーアは完食した私に、ニッコリと微笑んだ。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま!いい食べっぷりだね!」
ニーアが嬉しそうに笑う。
「ねね!どうだった?私のキノポスープ、美味しかった?」
グイッと顔を近づけて、ニーアが聞いてくる。私は戸惑いながらも、うなずく。
「う、うん。美味しかった」
「ホント?良かった!」
にぱっと笑うニーア。その笑顔がとても無邪気で愛らしい。だが、次に言った言葉には驚かされた。
「じゃあさ、さっきのスープのお礼がわりに私と手合わせして!」
「ち、ちょっと、アンタ何言って…!」
「ハンター協会の期待のホープと呼ばれ、ルルハちゃん達と一緒に大結界を守ろうと戦ったやり手のハンター…その実力、どれほどのものか知りたいと思うのは当然でしょ?」
「だけど、今目覚めたばかりで、急に動けるわけないだろ!」
「そんな事ない。弱ってるどころか、もう普通に動けるはずだよ。二年間も眠ったままだったのに」
ニーアの言葉に、私は目を丸くした。バトムは慌てた様子でニーアに言った。
「ニーア!まだ状況の説明もしてないのに!」
「ちょっと待って……二年間も眠ったままって、どういう事…?」
私は震える声でバトムに聞いた。バトムは困ったような表情を浮かべた。
「…ごめんね、順を追って話すつもりだったんだけど…」
「知りたかったら、私と手合わせして」
ニーアがバトムの言葉を遮るように言う。その声に決意のようなものが含まれていた。
ニーアをたしなめようとしたバトムを、私は手で制した。
「…わかった」
私はゆっくりとベッドから降りた。
「受けてたとう」
続く
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