現実【ログレス】

草木が程よく茂り、山から湧き出た水は小さな丘を流れ落ち、そこに湖ができる。その湖に動物たちが喉を潤すために集まってくる。
その果てしない自然の営みをずっと見守ってきた千年樹がそびえ立つ場所に、私は剣を手に立っていた。目の前には、先ほど美味しいキノポスープを振舞ってくれたバトムの娘、ニーアが四方に突起のついた四角いハンマーを抱えている。
「準備はいいかな?」
ニーアがハンマーを軽々と振り回しながら聞いてきた。
「…いつでも」
私は念入りにストレッチをしてから、剣を抜いた。軽く振ってみる。特に違和感は感じない。二年間眠ったままだったなんて信じられないくらい、いつも通りに体は動くし、剣はしっくりと私の手に馴染んでいる。
「さ、始めるよ!」
ニーアが王国騎士団の作法の一つである、試合を始める際に武器を目の前にかざして一礼する動作をしてから、私に突撃してきた。
私も剣をかざし軽く一礼してから、ニーアの振り下ろすハンマーを真っ向から受け止めた。が、剣がハンマーの勢いに耐えきれないのか、ミシミシと苦痛に呻く。私は即座に剣を横に向け、ハンマーの勢いを流しながら斜め前に出て、ニーアの背後に回る。勢いを流されて体勢が崩れたニーアは体勢を立て直そうとするところを、私は彼女めがけて剣を振り下ろした。だが、ニーアは不安定な体勢にも関わらず、体をひねりながら片手でハンマーを持ち上げ、剣をはじき返した。
弾かれた剣を引き戻し、構え直してから私は口笛を吹いた。
「片手でハンマーを持ち上げるなんて、すごい」
「アンタだって、私の一撃うまくかわしたじゃない」
互いに言い合い、にっと笑い合ってから、再び攻撃を始める。
ニーアの一撃一撃が重く鋭いうえに、コントロールがうまい。ハンマーは通常両手持ちの武器で、振り下ろした方が威力がある。だが、ニーアはそれを片手でコントロールする術を持っていた。その動きは、まるで軽い木の棍棒を振り回しているかのようだ。
振り下ろすだけじゃなく、横から殴りつけてきたり、下から払い上げたり。かと思えば、いきなり突き出してくる。近距離と中距離の攻撃パターンが、かなり豊富だ。しかもそのパターンが防御にもなる。まさに「攻撃は最大の防御」だ。
体すべてを使い、ハンマーを使いこなすニーアに、私は防戦一方だった。下手にまともに受けると剣を折られそうになる。
だが、 私はある瞬間を待っていた。
「…っいくよ!」
ニーアが最大の攻撃をしようと、ぐっと体を落としてハンマーを引いた。その刹那。
一気にニーアとの距離を詰め、勢いよく突き出してきたハンマーを紙一重で交わしながら剣で叩きつけた。ハンマーの勢いがつく前に押さえつけたのだ。さすがのニーアも勢いを殺されて、ふらつく。そこを返し刀で剣を振り上げた。間一髪、ニーアは首を曲げてかわす。ニーアの髪が数本、空を舞った。
「ああぁあぁあああ!」
即座に振り上げた剣を頭上に動かして、私はニーアに剣をたたき落とす。
「そこまで!!」
鋭い声に私ははっとする。剣先がニーアの額すれすれで止まった。
「あなた達、何やってるの?!」
声の方を見ると、少女が駆け寄ってくる。よく知っている顔だ。
「ルルハ…」
肩で息をしながら、私は彼女を見つめた。ルルハは私とニーアを見て、困惑した表情をした。
「バトムが慌てて私のところに来て、あなたが目を覚ましたって聞いたけど、なんでニーアと戦ってるの?!それより、目覚めたばかりでなんでそんなに動けるの?!呪いは?!体の異常は?!何ともないの?!」
状況は把握しているが、理解が追いついてないらしいルルハが矢継ぎ早に聞いてくる。
私は剣を鞘に収め、ニーアはよっこらしょと立ち上がる。ニーアは苦笑して、ルルハに言った。
「ルルハちゃん、ゴメンね~。どうしてもこの人とやってみたかったんだ」
えへへっとごまかすように笑うニーア。ルルハははぁとため息をついた。
「無茶にも程があるわ。この人がどれだけ危険人物か話したでしょう?」
「ルルハ、人を犯罪者みたいに言わないでよ」
ルルハの言いように憮然とする私。ルルハは私に何かを言おうとしたのを、遮るようにニーアが口を開いた。
「だって、この人がいれば今度の遠征だって成功するかもしれないじゃん!上陸するのでさえ厳しいルシェメル大陸の調査だって、上手くいくかもしれないじゃん!」
ニーアの言葉に、私は首を傾げる。
「何の話?」
私は2人に聞いた。ルルハははっとして私を見つめてから目をそらす。どうやら話しづらい内容のようだ。だが、ニーアがさらっと言った。
「今度、行方不明のジョーくんを探しに行くの」
ニーアの言葉に、私は思考が停止した。
「ニーア!」
焦ったようにルルハがニーアを制する。そんなルルハに、付いてきていたバトムは静かに伝えた。
「ルルハちゃん…辛い事はさっさと吐き出しちまった方がいいよ」
ルルハは泣きだしそうな顔をしてうつむいたが、意を決したのか顔を上げて私を見た。
「あの時…大神殿で仮面の男と対峙した時の事は覚えてる?」
私は戸惑いながらも頷いた。

二年前。
召喚術士と女神による、いにしえの戦いを終わらせるために、六女神が厳重にはった大結界。それを破壊しようと暗躍するものがいた。
それが仮面の男と闇の民。
その仮面の男を追い詰めたのだが、一歩及ばず、大結界を破壊されてしまった。
その際、仮面の男が私に攻撃してきた。それは魂をも蝕む呪いで、私は苦しみにもがいた。吐き気がするほどの苦痛に悶絶し、意識が遠のく中、私は暖かい光に包まれるような感覚を感じた。どうやらそれは妄想などではなく、ある人物によるものだったようだ。
その子の名はプリシラ。耳と尻尾がある記憶喪失の少女だった。

「仮面の男が放った呪いに倒れたあなたにプリシラが抱きついたら、凄い光を発して、苦しそうにしていたあなたは眠っているみたいに穏やかになったわ。そ
れを見た仮面の男は、今度はプリシラをさらおうと狙ったの。私たちは、プリシラを守る事ができなかった…」
ルルハは悔しそうにつぶやく。
私は拳を握りしめた。なんとも言えない悔しさが湧き出てくる。
「大結界は破られ、プリシラは仮面の男たちに新大陸へと連れていかれた…」
「新大陸?」
「ルシェメル大陸。普通の人間では上陸する事さえかなわない、過酷な大陸よ」
ルルハは続けた。
「ルシェメル大陸に関する情報を何一つ持っていなかった私たちは、調査団を派遣したわ。しかし、ルシェメル大陸には『死の瘴気』と呼ばれる霧みたいなものに包まれていた。人の精神を蝕む厄介なものよ」
『死の瘴気』
人の心の隙間に入り込み、精神を狂わせる霧。鍛え抜かれた騎士でも『死の瘴気』に触れた途端、自由に身動きが取れなくなるらしい。
「一年前、そのルシェメル大陸の調査団に、どうしても付いていきたいと、ジョーが言い出したの…さらわれたプリシラを、探しに行くって…」
ルルハの歯切れの悪い言葉に、私は嫌な予感がした。そして、外れて欲しいと願いながらも、その予感は当たっていると思った。
「…だけど、闇の民の襲撃にあったらしく…調査団は、誰一人…戻って来なかった…」
「嘘よ」
ルルハの言葉に、私は即座に答えた。それはルルハに向けてではなく、自分の嫌な予感に。
「嘘よ…ジョーがやられるはずない。絶対、無事でいる…あれだけ剣の腕を磨いてきて、そう簡単にやられるわけない」
「キュリア…でも…」
「ジョーは生きてる…絶対に生きてる…」私はキッと顔を上げ、ルルハを見た。
「出発はいつ?」
「え?」
「その、ナントカって大陸に行くんでしょ? 私も行くわ」
私の言葉に、ルルハは険しい表情を浮かべる。
「…今までとは比べ物にならないぐらい、厳しい遠征になるわ。それでも…」
「ルルハ、私が何かを言われて、怖じ気付くとでも?」
ルルハの言葉を遮って、私は言った。ルルハは呆気にとられてから、ヤレヤレと肩をすくめた。
「愚問だったわね」
「そうね」
私とルルハは顔を見合わせて笑い合う。
「やった!キュリアがメンバーに入れば百人力だね!
ジョーくんやプリシラちゃんを取り戻す特別遠征部隊!闇の民だろうがモンスターだろうが、どーんと来い、よ!」
ニーアの元気な声に、私達は笑った。
「よし、いい風向きになってきたわ!待ってて、もう少しで遠征準備が整うから!」
ルルハはそういうと嬉々として走っていった。その後ろ姿を見ながら、ニーアは私に言った。
「ルルハちゃんね、ずっと落ち込んでたんだ。ジョーくんを行かせたのは私のミスだって。許可を出さなければ良かったって、ずっと悔やんでた。あんなに明るい顔になったのは、本当に久しぶりなんだよ」
「そう…みんな、大変な思いをしてたのね…」
私はグッと拳を握る。みんなが大変な時に、私は呑気に眠っていたのだ。モヤモヤした悔しさに、胸が押しつぶされそうだった。
「私もずっと遠征に参加したかった。けど、力不足で参加させてもらえなかったんだ…今回、やっと認めてもらえて、参加できるんだ。絶対、ジョーくんとプリシラちゃんを助けよう!」
ニーアの言葉に、私はうなずいた。

そうだ。
絶対に、ジョーとプリシラを助けよう。
私は手を見つめ、ギュッと握り、胸に押し当てた。
必ず助けると、心に誓いながら。

続く

#小説 #ログレス #二次創作 #苦手な方は見ないでください

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?